甲陽軍鑑 / 品第四十七
曲淵少左衞門座敷をたち、かたなをさし、又奉行所へゆき、奉行衆に向ひ手をつき謹で申すは、櫻井殿には御位と御出頭はまけ申すべく候、切あひぐらは勝ち申すべく候間、これ口惜しくおぼしめし候はゞ只今御出候へ、塲中にてすかうをきりくだき進すべきよし申して、刀をねぢまはし座敷を立ち候、
新字:曲淵少左衛門座敷をたち、かたなをさし、又奉行所へゆき、奉行衆に向ひ手をつき謹で申すは、桜井殿には御位と御出頭はまけ申すべく候、切あひぐらは勝ち申すべく候間、これ口惜しくおぼしめし候はゞ只今御出候へ、塲中にてすかうをきりくだき進すべきよし申して、刀をねぢまはし座敷を立ち候、
書き下し
曲淵少左衛門座敷をたち、かたなをさし、又奉行所へゆき、奉行衆に向ひ手をつき謹で申すは、桜井殿には御位と御出頭はまけ申すべく候、切あひぐらは勝ち申すべく候間、これ口惜しくおぼしめし候はゞ只今御出候へ、塲中にてすかうをきりくだき進すべきよし申して、刀をねぢまはし座敷を立ち候、
現代語訳
曲淵少左衛門は座敷を立ち、刀を差し、また奉行所へ行き、奉行衆に向かい手をついて謹んで申すは、桜井殿には御位と御出頭は負け申すべく候。切り合いぐらいは勝ち申すべく候あいだ、これ口惜しく思し召し候わば、ただ今御出で候え。場中にて頭骨を斬り砕き進ずべきよしを申して、刀をねじ回し座敷を立ち候。
解説
いったん出て刀を差し、戻ってきて手をついて丁寧に切り出す。位と主君の覚えでは負ける、しかし斬り合いなら勝つ、と言う。作法を守った姿勢のまま、中身は果たし状になっている。作法を守った姿勢のまま、中身は果たし状になっている。いったん出て刀を差し、戻って手をついて丁寧に切り出し、位では負けるが斬り合いなら勝つと述べる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
曲淵位出頭切合い作法脅し
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