潜夫論 / 潛歎
夫在位者之好蔽賢而務進黨也,自古而然。昔唐堯之大聖也,聰明宣昭;虞舜之大聖也,德音發聞。堯為天子,求索賢人,訪於群後,群後不肯薦舜,而反稱共鯀之徒。賴堯之聖,後乃舉舜而放四子。夫以古聖之質也,堯聰之明也,舜德之彰也,君明不可欺,德彰不可蔽也。質鮮為佞,而位者尚直若彼。今夫列士之行,其不及堯舜乎達矣,而俗之荒唐,世法滋彰。然則求賢之君,哀民之士,其相合也,亦必不幾矣。文王遊畋,遇薑尚於渭濱,察言觀誌而見其心,不諮左右,不諏群臣,遂載反歸,委之以政,用能造周。故堯參鄉黨以得舜,文王參己以得呂尚。豈若殷辛秦政,既得賢人,反決滯於仇,誅殺正直,而進任奸臣之黨哉。
新字:夫在位者之好蔽賢而務進党也,自古而然。昔唐堯之大聖也,聰明宣昭;虞舜之大聖也,徳音発聞。堯為天子,求索賢人,訪於群後,群後不肯薦舜,而反称共鯀之徒。頼堯之聖,後乃舉舜而放四子。夫以古聖之質也,堯聰之明也,舜徳之彰也,君明不可欺,徳彰不可蔽也。質鮮為佞,而位者尚直若彼。今夫列士之行,其不及堯舜乎達矣,而俗之荒唐,世法滋彰。然則求賢之君,哀民之士,其相合也,亦必不幾矣。文王遊畋,遇薑尚於渭浜,察言観誌而見其心,不諮左右,不諏群臣,遂載反帰,委之以政,用能造周。故堯参郷党以得舜,文王参己以得呂尚。豈若殷辛秦政,既得賢人,反決滞於仇,誅殺正直,而進任奸臣之党哉。
書き下し
夫れ位に在る者の賢を蔽い党を進むるを好むは、古より然り。昔、唐堯の大聖や、聡明宣昭たり。虞舜の大聖や、徳音発聞す。堯は天子たりて、賢人を求索し、群后に訪うも、群后は舜を薦むるを肯んぜず、反って共・鯀の徒を称す。堯の聖に頼りて、後に乃ち舜を挙げ、四子を放つ。夫れ古聖の質、堯の聡の明、舜の徳の彰かなるを以てして、君の明は欺くべからず、徳の彰かなるは蔽うべからず。質は佞を為すこと鮮く、而して位に在る者すら尚お直きこと彼の若し。今夫れ列士の行いは、其の堯舜に及ばざること達かなり。而して俗の荒唐、世法は滋ます彰かなり。然らば則ち賢を求むるの君、民を哀れむの士の、其の相合うや、亦た必ず幾ならず。文王遊畋し、姜尚に渭浜に遇い、言を察し志を観て其の心を見、左右に諮らず、群臣に諏らず、遂に載せて反り帰り、之に政を委ね、用て能く周を造る。故に堯は郷党に参りて以て舜を得、文王は己に参りて以て呂尚を得たり。豈に殷辛・秦政の、既に賢人を得、反って滞を仇に決し、正直を誅殺し、而して奸臣の党を進任するが若くならんや。
現代語訳
位にある者が賢者を覆い隠し、仲間を引き立てたがるのは、昔からそうでした。昔、唐の堯は大いなる聖人で、聡明さがあまねく照らしました。虞の舜も大いなる聖人で、徳の声が遠くに聞こえました。堯は天子として賢人を求め、諸侯の長たちに尋ねましたが、長たちは舜を推薦しようとせず、かえって共工や鯀の類を称えました。堯の聖明に頼り、後になってようやく舜を挙げ、四人の悪人を追放しました。古の聖人の資質、堯の聡明さ、舜の徳の明らかさがあって、君の明は欺けず、徳の明らかさは覆い隠せませんでした。資質としては、へつらう者は少なく、位にある者でさえ、なお彼らのように正直でない者がいたのです。今の士の行いは、堯舜に及ばないことははるかに明らかです。しかも世の風俗は荒れ、法はいっそう目立ちます。そうだとすれば、賢者を求める君主と、民を憐れむ士が、巡り会うことも、まずほとんどないでしょう。文王は遊猟に出て、渭水のほとりで姜尚に出会い、言葉を察し志を観て、その心を見抜き、側近に諮らず、群臣にも諮らず、そのまま車に乗せて連れ帰り、政治を任せ、そうして周を興すことができました。だから堯は郷里の人々に参じて舜を得、文王は自分自身に参じて呂尚を得たのです。殷の紂王や秦の始皇帝のように、すでに賢人を得ていながら、かえって停滞の決定を仇敵に任せ、正直な者を殺し、奸臣の党を進めて任じたのとは違います。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』論榮今俗士の論を観るに、族を以て徳を挙げ、位を以て賢を命ず、茲れ論を得たるの一体と謂うべきも、未だ至論の淑真を獲ず。堯は、聖父なるも、丹は凶傲。舜は、聖子なるも、叟は頑悪。叔向は、賢兄なるも、鮒は貪暴。季友は、賢弟なるも、慶父は淫乱なり。論若し必ず族を以てせば、是れ丹宜しく禅るべくして、舜宜しく誅すべく、鮒宜しく賞すべくして、友宜しく夷すべきなり。論の必ず族を以てすべからざること是の若し。昔祁奚に言有り、鯀殛せられて禹興り、管・蔡戮せられて、周公王を祐く、故に書に父子兄弟相い及ばずと称す、と。幽・厲の貴は、天子なり、而も又富は四海を有つ。顔・原の賤は、匹庶なり、而も又凍餒して屢しば空し。論若し必ず位を以てせば、則ち是れ両王は是れ世士と為り、而して二処は愚鄙と為るなり。論の必ず位を以てすべからざること、又是の若し。故に曰く、仁重くして勢軽く、位蔑くして義栄ゆ、と。
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『帝範』求賢第三夫(そ)れ國(くに)の匡輔(きょうほ)は、必(かなら)ず忠良(ちゅうりょう)を待(ま)つ。任使(にんし)人(ひと)を得(う)れば、天下(てんか)自(おのづか)ら治(をさ)まる。故(ゆゑ)に堯(ぎょう)は四岳(しがく)に命(めい)じ、舜(しゅん)は八元(はちげん)を舉(あ)げ、以(も)って恭己(きょうき)の隆(さかん)なるを成(な)し、用(も)って欽明(きんめい)の道(みち)を贊(たす)く。士(し)の世(よ)に居(を)り、賢(けん)の身(み)を立(た)つる、翼(つばさ)を戢(をさ)め鱗(うろこ)を隱(かく)して、風雲(ふううん)の㑹(かい)を待(ま)たざるは莫(な)く、竒(き)を懐(いだ)き異(い)を藴(つつ)みて、㑹遇(かいぐう)の秋(とき)を思(おも)ふ。是(ここ)に眀君(めいくん)は旁(あまね)く俊乂(しゅんがい)を求(もと)め、博(ひろ)く英賢(えいけん)を訪(と)ひ、側陋(そくろう)を捜揚(そうよう)す。卑(いや)しきを以(も)って用(もち)ゐずんばあらず、辱(はづか)しめらるるを以(も)って尊(たっと)ばずんばあらず。昔(むかし)伊尹(いいん)は、有莘(ゆうしん)の媵臣(ようしん)、吕望(りょぼう)は、渭濵(いひん)の賤老(せんろう)なり。夷吾(いご)は縲紲(るゐせつ)に困(くる)しみ、韓信(かんしん)は逃亡(とうぼう)に弊(つか)る。商湯(しょうとう)は鼎俎(ていそ)を以(も)って羞(はぢ)と為(な)さず、姫文(きぶん)は屠釣(とちょう)を以(も)って恥(はぢ)と為(な)さず、終(つひ)に能(よ)く規(き)を景亳(けいはく)に獻(けん)じ、殷朝(いんちょう)を光啓(こうけい)し、旌(せい)を牧野(ぼくや)に執(と)り、周室(しゅうしつ)を㑹昌(かいしょう)せしむ。
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『墨子』尚賢上故に古者、堯は舜を服澤の陽に舉げ、之に政を授けて、天下平らかなり。禹は益を隂方の中に舉げ、之に政を授けて、九州成る。湯は伊尹を庖厨の中に舉げ、之に政を授けて、其の謀得たり。文王は閎夭・泰顛を罝罔の中に舉げ、之に政を授けて、西土服す。故に是の時に當たりて、厚祿尊位の臣に在りと雖も、敬い懼れて施さざる莫く、農と工肆の人に在りと雖も、競い勸みて意を尚ばざる莫し。故に士なる者は、輔相承嗣を為す所以なり。故に士を得れば則ち謀困しまず、體勞れず、名立ちて功業彰れて惡生ぜず。則ち士を得るに由るなり。
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『墨子』尚賢中故に古者、聖王は唯だ能く審らかに尚賢使能を以て政を為し、異物の雜わること無し。天下皆な其の列を得たり。古者、舜は歴山に耕し、河濵に陶し、雷澤に漁す。堯、之を服澤の陽に得て、舉げて以て天子と為し、與に天下の政に接し、天下の民を治めしむ。伊摯は、有莘氏の女の私臣にして、親ら庖人と為る。湯、之を得て、舉げて以て己が相と為し、與に天下の政に接し、天下の民を治めしむ。傅説は褐を被て索を帯び、傅巖に庸築す。武丁、之を得て、舉げて以て三公と為し、與に天下の政に接し、天下の民を治めしむ。此れ何の故に始めは賤しくして卒に貴く、始めは貧しくして卒に富めるや。則ち王公大人、尚賢使能を以て政を為すに明らかなればなり。是を以て民に、饑えて食を得ざる、寒くして衣を得ざる、勞れて息うを得ざる、亂れて治むるを得ざる者無し。故に古の聖王は審らかに尚賢使能を以て政を為して、法を天に取る。天と雖も亦た貧富貴賤・逺邇親疎を辯たず、賢者は舉げて之を尚び、不肖者は抑えて之を廢す。
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荀子・成相篇請う成相(せいしょう)せん、聖王を道(い)わん、堯舜(ぎょうしゅん)は賢を尚(たっと)び身(みずか)ら辭讓(じじょう)し、許由(きょゆう)・善卷(ぜんけん)は、義を重んじ利を輕んじて行い顯明(けんめい)なり。堯は賢に讓り、以て民の為にす、利を氾(あまね)くし兼ね愛して德の施し均(ひと)し。上下を辨(わか)ち治め、貴賤に等有りて君臣を明らかにす。堯は能に授け、舜は時に遇(あ)う、賢を尚び德を推して天下治まる。聖賢有りと雖も、適(たまた)ま世に遇わずんば、孰(たれ)か之を知らん。堯は德とせず、舜は辭せず、妻(めあ)わすに二女(にじょ)を以てし任ずるに事を以てす。大人(たいじん)なるかな舜、南面して立てば萬物備わる。舜は禹に授く、天下を以てす、尚(なお)能く賢を推して序を失わず。外は仇(あだ)を避(さ)けず、內は親に阿(おもね)らず、賢者に予(あた)う。禹は心力を勞し、堯は德有り、干戈(かんか)を用いずして三苗(さんびょう)服す。舜を甽畝(けんぽ)より舉げ、之に天下を任じて、身は休息す。后稷(こうしょく)を得て、五穀殖(う)え、夔(き)樂正(がくせい)と為りて鳥獸(ちょうじゅう)服す。契(せつ)司徒と為り、民は孝弟を知りて有德を尊ぶ。禹に功有り、鴻(こう)を抑え下し、民の害を辟除(へきじょ)して共工(きょうこう)を逐(お)う。北のかた九河(きゅうか)を決し、十二渚(じゅうにしょ)を通じ、三江を疏(さら)う。禹は土(ど)を傅(おさ)め、天下を平らげ、躬(みずか)ら親(みずか)ら民の為に勞苦を行う。益(えき)・皋陶(こうよう)・橫革(おうかく)・直成(ちょくせい)を得て、輔(たすけ)と為す。契は玄王(げんおう)、昭明(しょうめい)を生み、砥石(しせき)に居りて商に遷(うつ)り、十有四世にして、乃ち天乙(てんいつ)有り是れ成湯(せいとう)なり。天乙湯、論じ舉ぐること當(あた)り、身は卞隨(べんずい)に讓り牟光(ぼうこう)を舉ぐ。古(いにしえ)の賢聖を道(い)わば基(もとい)は必ず張らん。
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抱朴子外篇・逸民唐堯は許由・巣父を致す能わざるに非ず、虞舜は善鄭・石戸を脅す能わざるに非ず、夏禹は柏成・子高を逼る能わざるに非ず、成湯は卞随・務光を録す能わざるに非ず、魏文は干木を屈する能わざるに非ず、晋平は亥唐を吏とする能わざるに非ず。然れども服して之を師とし、貴びて之を重んず。豈に六君の小弱ならんや。誠に百行は尚ぶ所を殊にし、黙黙として斉しくし難く、賢を尊ぶの美称を慕い、善を賊うの醜跡を恥ずるを以てなり。之を取るも以て威を増すに足らず、之を放つも未だ官の曠しきを憂えず。其の志に従えば、以て風化を闡弘し、退譲を熙隆し、苟進の貪夫を厲まし、軽薄の冒昧を感ぜしむ可し。器は旦夕の用に益せず、才は立朝の俊に周からずと雖も、亦た肩を脅し眉を低れ、権右に諂媚し、贄を提げ貨を懐き、宵征して塵に同じ、津を争い済るを競い、名品を市買し、徳行学問の本を棄て、雷同比周の末に赴くに愈らずや。彼の六君すら尚お苦言を以て隠士を侵すを肯んぜず、寧ぞ之に鋒刃を加うるを肯んぜんや。聖賢の誠に師とす可き者は、呂尚は居然として謬れり。
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