潜夫論 / 論榮
今觀俗士之論也,以族舉德,以位命賢,茲可謂得論之一體矣,而未獲至論之淑真也。堯,聖父也,而丹凶傲;舜,聖子也,而叟頑惡;叔向,賢兄也,而鮒貪暴;季友,賢弟也,而慶父淫亂。論若必以族,是丹宜禪,而舜宜誅,鮒宜賞,而友宜夷也。論之不可必以族也若是。昔祁奚有言,鯀殛而禹興,管、蔡為戮,周公祐王,故書稱父子兄弟不相及也。幽、厲之貴,天子也,而又富有四海。顏、原之賤,匹庶也,而又凍餒屢空。論若必以位,則是兩王是為世士,而二處為愚鄙也。論之不可必以位也,又若是焉。故曰:仁重而勢輕,位蔑而義榮。
新字:今観俗士之論也,以族舉徳,以位命賢,茲可謂得論之一体矣,而未獲至論之淑真也。堯,聖父也,而丹凶傲;舜,聖子也,而叟頑悪;叔向,賢兄也,而鮒貪暴;季友,賢弟也,而慶父淫乱。論若必以族,是丹宜禅,而舜宜誅,鮒宜賞,而友宜夷也。論之不可必以族也若是。昔祁奚有言,鯀殛而禹興,管、蔡為戮,周公祐王,故書称父子兄弟不相及也。幽、厲之貴,天子也,而又富有四海。顔、原之賤,匹庶也,而又凍餒屡空。論若必以位,則是両王是為世士,而二処為愚鄙也。論之不可必以位也,又若是焉。故曰:仁重而勢軽,位蔑而義栄。
書き下し
今俗士の論を観るに、族を以て徳を挙げ、位を以て賢を命ず、茲れ論を得たるの一体と謂うべきも、未だ至論の淑真を獲ず。堯は、聖父なるも、丹は凶傲。舜は、聖子なるも、叟は頑悪。叔向は、賢兄なるも、鮒は貪暴。季友は、賢弟なるも、慶父は淫乱なり。論若し必ず族を以てせば、是れ丹宜しく禅るべくして、舜宜しく誅すべく、鮒宜しく賞すべくして、友宜しく夷すべきなり。論の必ず族を以てすべからざること是の若し。昔祁奚に言有り、鯀殛せられて禹興り、管・蔡戮せられて、周公王を祐く、故に書に父子兄弟相い及ばずと称す、と。幽・厲の貴は、天子なり、而も又富は四海を有つ。顔・原の賤は、匹庶なり、而も又凍餒して屢しば空し。論若し必ず位を以てせば、則ち是れ両王は是れ世士と為り、而して二処は愚鄙と為るなり。論の必ず位を以てすべからざること、又是の若し。故に曰く、仁重くして勢軽く、位蔑くして義栄ゆ、と。
現代語訳
今の俗な士の議論を見ると、家柄によって徳を挙げ、地位によって賢を命じています。これは論としての一つの型とは言えますが、まだ至論の善さと真実を得ていません。堯は聖人の父でしたが、子の丹は凶悪で傲慢でした。舜は聖人の子でしたが、父の叟は愚かで悪でした。叔向は賢い兄でしたが、弟の鮒は貪欲で乱暴でした。季友は賢い弟でしたが、慶父は淫乱でした。もし必ず家柄で論じるなら、丹に位を譲るべきで、舜は誅すべきで、鮒は賞すべきで、友は罰すべきだということになります。必ずしも家柄で論じてはならないのは、このとおりです。昔、祁奚は言いました。鯀が殺されて禹が興り、管叔・蔡叔が罰せられて周公が王を助けた、だから《書》は父子兄弟は互いに及ばないと称する、と。幽王・厲王は天子の貴さを持ち、しかも富は四海に及びました。顔回・原憲は庶民の賤しさで、凍え飢えて、しばしば空腹でした。もし必ず地位で論じるなら、両王が世の士となり、二人の居所が愚かで卑しいことになります。必ずしも地位で論じてはならないのは、またこのとおりです。そこで言います。仁が重く勢いは軽く、地位は低くても義は栄える、と。
解説
この章句が説くこと
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