潜夫論 / 潛歎
夫好之與惡放於目,而鹿之與馬者,著於形者也。已又定矣,還至讒如,臣妾之飾偽言而作辭也。則君王失己心,而人物喪我體矣。況乎逢幽隱囚人,而待校其信,不若察妖女之留意也。其辨賢不肖也,必若辨鹿馬之審固也。此二物者,皆得進見於朝堂,暴質於心臣矣。及歡愛苟媚佞說巧辯之惑君也,猶炫耀君目,變奪君心,便以好醜,以鹿為馬,而況於效野之賢,闕外之士,未嘗得見者乎?
新字:夫好之与悪放於目,而鹿之与馬者,著於形者也。已又定矣,還至讒如,臣妾之飾偽言而作辞也。則君王失己心,而人物喪我体矣。況乎逢幽隠囚人,而待校其信,不若察妖女之留意也。其弁賢不肖也,必若弁鹿馬之審固也。此二物者,皆得進見於朝堂,暴質於心臣矣。及歓愛苟媚佞説巧弁之惑君也,猶炫耀君目,変奪君心,便以好醜,以鹿為馬,而況於効野之賢,闕外之士,未嘗得見者乎?
書き下し
夫れ好と悪とは目に放り、鹿と馬とは形に著わる者なり。已に又定まるも、還って讒如に至るは、臣妾の偽言を飾りて辞を作すなり。則ち君王は己の心を失い、人物は我が体を喪う。況んや幽隠の囚人に逢い、其の信を校するを待つをや。妖女の意を留むるを察するに若かず。其の賢不肖を弁ずるや、必ず鹿馬を弁ずるの審固なるが若くせよ。此の二物は、皆な朝堂に進見するを得て、質を心臣に暴らす。歓愛苟媚、佞説巧弁の君を惑わすに及びては、猶お君の目を炫耀し、君の心を変奪し、好醜を便にし、鹿を以て馬と為す。而るを況んや野に効るるの賢、闕外の士の、未だ嘗て見ゆるを得ざる者をや。
現代語訳
好みと憎しみは目に基づくもので、鹿と馬は形に現れるものです。すでに定まっているのに、かえって讒言に至るのは、臣下や侍女が偽りの言葉を飾って言辞をつくるからです。そうなれば君王は自分の心を失い、人も物も本来の姿を失います。ましてや身を隠した囚人に出会い、その誠実さを確かめるのを待つならなおさらです。妖艶な女がもくろみを抱いていることを察するほうが、まだ易しいでしょう。賢か不肖かを弁別するときは、必ず鹿と馬を見分けるのと同じように、念入りに確かな判断をしなければなりません。この二つのものは、いずれも朝廷に出て目通りでき、その姿を心ある臣下の前にさらすことができます。ところが喜びを求め、媚びへつらい、へつらいの言葉や巧みな弁舌が君を惑わすことになると、それは君の目をくらませ、君の心を変え奪い、好醜をねじ曲げ、鹿を馬とするに至るのです。ましてや田野に身を置く賢者や、宮門の外にいる士で、まだ一度も拝謁できていない者は、どれほど見えなくされることでしょう。
解説
この章句が説くこと
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史記 越王句践世家二歳にして呉、蠡を帰す。句践、会稽より帰りて七年、其の士民を拊循し、用ひて以て呉に報いんと欲す。大夫逢同諫めて曰く、「国新たに流亡し、今乃ち復た殷給す。繕飾して利を備へば、呉必ず懼れん。懼るれば則ち難必ず至らん。且つ鷙鳥の撃つや、必ず其の形を匿す。今夫れ呉は兵を斉・晋に加へ、怨みは楚・越に深く、名は天下に高く、実は周室を害す。徳少なくして功多く、必ず淫して自ら矜らん。越の為に計るに、斉に結び、楚に親しみ、晋に附きて、以て呉を厚くするに若くは莫し。呉の志広ければ、必ず戦ひを軽んぜん。是れ我其の権を連ね、三国之を伐ち、越其の弊に承ずれば、克つべきなり」と。句践曰く、「善し」と。居ること二年、呉王将に斉を伐たんとす。子胥諫めて曰く、「未だ可ならず。臣聞く、句践は食に味を重ねず、百姓と苦楽を同じくすと。此の人死せずんば、必ず国の患と為らん。呉に越有るは、腹心の疾なり。斉の呉に与けるは、疥癬なり。願はくは王、斉を釈きて越を先にせよ」と。呉王聴かず、遂に斉を伐ち、之を艾陵に敗り、斉の高・国を虜にして以て帰る。子胥を譲む。子胥曰く、「王喜ぶ毋かれ」と。王怒り、子胥自殺せんと欲す。王聞きて之を止む。越の大夫種曰く、「臣、呉王の政を観るに驕れり。請ふ試みに之に粟を貸らんことを嘗み、以て其の事を卜せん」と。貸らんことを請ふ。呉王与へんと欲し、子胥与ふる勿かれと諫む。王遂に之に与ふ。越乃ち私かに喜ぶ。子胥言ひて曰く、「王諫めを聴かず、後三年にして呉其れ墟とならんか」と。太宰嚭之を聞き、乃ち数々子胥と越の議を争ひ、因りて子胥を讒して曰く、「伍員は貌は忠なれども実は忍人なり。其の父兄をすら顧みず、安んぞ能く王を顧みんや。王前に斉を伐たんと欲するや、員彊く諫む。已にして功有り、是を用て反りて王を怨む。王、伍員に備へずんば、員必ず乱を為さん」と。逢同と共に謀り、之を王に讒す。王始め従はず。乃ち子胥を斉に使はす。其の子を鮑氏に託するを聞き、王乃ち大いに怒りて曰く、「伍員果たして寡人を欺けり」と。役より反り、人をして子胥に属鏤の剣を賜ひて以て自殺せしむ。
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説苑・雜言祁射子、秦の惠王に見え、惠王之を說ぶ。是に於いて唐姑之を讒し、復た見ゆるに、惠王怒りを懷きて以て之を待つ。其の說く所異なるに非ざるなり、聽く所の易わればなり。故に徵を以て羽と為すは、絃の罪に非ざるなり。甘きを以て苦しと為すは、味を限るの過ちなり。
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『晏子春秋』諫上・景公信用讒佞賞罰失中晏子諫景公讒佞を信用し、功無きを賞し、辜無きを罰す。晏子諫めて曰く、「臣聞く、明君は聖人を望みて其の教えを信じ、讒佞を聴きて以て誅賞するを聞かず、と。今、左右と相い説び頌えて曰く、『死者に比べて勉めて楽しみを為さんか、吾安んぞ能く仁を為して愈いよ民を黥するのみ』と。故に内に寵せらるる妾は、国に迫り奪い、外に寵せらるる臣は、鄙に矯り奪い、法を執る吏は、並びに百姓に荷う。民は愁苦約病して、奸は驅り尤いよ佚え、情を隠し悪を奄い、其の上を蔽い諂う、故に至聖大賢有りと雖も、豈に能く若き讒に勝たんや。是を以て忠臣の常に災傷有るなり。臣聞く、古の士は、与に之を得可く、与に之を失う可からず、与に之を進む可く、与に之を退く可からず、と。臣請う之を逃れん」と。遂に馬に鞭ちて出ず。公韓子休をして追わしめて曰く、「孤不仁にして、教えに順う能わず、以て此の極みに至る。夫子休国は焉くにか往かん。寡人将に従いて後あらんとす」と。晏子遂に馬に鞭ちて返る。其の僕曰く、「向の去ること何ぞ速かなる。今の返ること又何ぞ速かなる」と。晏子曰く、「子の知る所に非ず、公の言至れり」と。
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『春秋左氏伝』昭公二十一年 華多僚の讒言宋の華費遂、華貙・華多僚・華登を生む。貙は少司馬為り。多僚は御士為り。貙と相惡む。乃ち諸を公に譖して曰く、「貙將に亡人を納れんとす」と。亟(しばしば)之を言ふ。公曰く、「司馬吾が故を以って、其の良子を亡へり。死亡は命有り。吾以って再び之を亡ふ可からず」と。對へて曰く、「君若し司馬を愛せば、則ち如(しか)ず亡げんには。死如し逃る可くんば、何の遠きことか之れ有らん」と。公懼れ、侍人をして司馬の侍人宜僚を召さしめ、之に酒を飲ましめて、司馬に告げしむ。司馬歎じて曰く、「必ず多僚ならん。吾讒子有りて、殺すこと能はず。吾又死せず。抑君命有り、若何す可き」と。乃ち公と謀りて、華貙を逐はんとし、將に孟諸に田せしめて之を遣らんとす。公之に酒を飲ましめ、厚く之に酬い、賜從者に及ぶ。司馬も亦た之の如くす。張匄之を尤(あや)しみて曰く、「必ず故有らん」と。子皮をして宜僚に承(むか)ふるに劍を以ってして之を訊はしむ。宜僚盡く以って告ぐ。張匄多僚を殺さんと欲す。子皮曰く、「司馬老いたり。登の謂(ため)に甚だし。吾又之を重ねば、亡ぐるに如かざるなり」と。
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史記 周本紀崇侯虎西伯を殷の紂に譖して曰く、「西伯善を積み徳を累ね、諸侯皆之に向かふ。将に帝に不利ならんとす」と。帝紂乃ち西伯を羑里に囚ふ。閎夭の徒之を患ふ。乃ち有莘氏の美女、驪戎の文馬、有熊の九駟、他の奇怪の物を求め、殷の嬖臣費仲に因りて之を紂に献ず。紂大いに説びて、曰く、「此の一物以て西伯を釈すに足る、況んや其の多きをや」と。乃ち西伯を赦し、之に弓矢斧鉞を賜ひ、西伯をして征伐するを得しむ。曰く、「西伯を譖する者は、崇侯虎なり」と。西伯乃ち洛西の地を献じ、以て紂に炮格の刑を去らんことを請ふ。紂之を許す。
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