潜夫論 / 明暗
趙高亂政,恐惡聞上,乃預要二世曰:「屢見群臣,眾議政事,則黷,黷且示短,不若藏己獨斷,神且尊嚴,天子稱朕,固但聞名。」二世於是乃深自幽隱,獨進趙高。趙高入稱好言以說主,出倚詔令以自尊。天下魚爛,相帥叛秦,趙高恐懼,歸惡於君,乃使閻樂責而殺,願一見高,不能而死。夫田常囚簡公,踔齒懸湣王,二世亦既聞之矣。然猶復襲其敗跡者,何也?過在於不納卿士之箴規,不受民氓之謠言,自以己賢於簡、湣。而趙高賢。於二臣也,故國已亂而上不知,禍既作而下不殺。此非眾共棄君,乃君以眾命係趙高,病自絕於民也。後末世之君,危何知之哉!
新字:趙高乱政,恐悪聞上,乃預要二世曰:「屡見群臣,衆議政事,則黷,黷且示短,不若蔵己独断,神且尊厳,天子称朕,固但聞名。」二世於是乃深自幽隠,独進趙高。趙高入称好言以説主,出倚詔令以自尊。天下魚爛,相帥叛秦,趙高恐懼,帰悪於君,乃使閻楽責而殺,願一見高,不能而死。夫田常囚簡公,踔歯懸湣王,二世亦既聞之矣。然猶復襲其敗跡者,何也?過在於不納卿士之箴規,不受民氓之謡言,自以己賢於簡、湣。而趙高賢。於二臣也,故国已乱而上不知,禍既作而下不殺。此非衆共棄君,乃君以衆命係趙高,病自絶於民也。後末世之君,危何知之哉!
書き下し
趙高政を乱し、上に聞こゆるを恐れ悪み、乃ち預め二世に要して曰く、「屢しば群臣を見て、衆く政事を議せば、則ち黷る。黷れば且に短を示さんとす。己を蔵して独断し、神にして且つ尊厳なるに若かず。天子は朕と称し、固より但だ名を聞くのみ」と。二世是に於いて乃ち深く自ら幽隠し、独り趙高のみを進む。趙高入りては好言を称して以て主を説ばしめ、出でては詔令に倚りて以て自ら尊くす。天下魚爛し、相帥いて秦に叛く。趙高恐懼し、悪を君に帰し、乃ち閻楽をして責めて殺さしむ。願わくは一たび高に見えんとするも、能わずして死す。夫れ田常は簡公を囚え、踔歯は湣王を懸く、二世も亦た既に之を聞けり。然れども猶お復た其の敗跡を襲う者は、何ぞや。過ちは卿士の箴規を納れず、民氓の謡言を受けず、自ら己の簡・湣より賢なりと以い、而して趙高を二臣より賢なりとするに在り。故に国已に乱るるも上は知らず、禍既に作るも下は殺さず。此れ衆共に君を棄つるに非ず、乃ち君衆命を以て趙高に係け、病みて自ら民より絶つなり。後末世の君、危うきこと何ぞ之を知らんや。
現代語訳
趙高は政治を乱し、そのことが君主に知られるのを恐れ嫌って、あらかじめ二世に申し入れました。「たびたび群臣に会って皆で政事を論じると、品位が汚れます。汚れれば欠点を見せることになります。自分を隠して独断し、神秘的で尊厳があるのがよいでしょう。天子は朕と称し、もともと名が聞こえるだけの存在です。」二世はそこで深く自らを隠し、趙高だけを近づけました。趙高は入っては良い言葉を並べて主を喜ばせ、出ては詔令に頼って自分を尊く見せました。天下は魚が腐るように崩れ、互いに率いて秦に背きました。趙高は恐れて、悪事を君主のせいにし、閻楽に責めさせて殺しました。二世は一度趙高に会いたいと願いましたが、かなわず死にました。田常は簡公を捕らえ、淖歯は湣王を吊るしました。二世もそのことを聞いていたはずです。それなのに、なおその失敗の跡を踏むのはなぜでしょうか。過ちは、卿士の戒めを受け入れず、民の歌い言葉を受け取らず、自分は簡公や湣王より賢いと考え、そして趙高をこの二人の臣より賢いと考えたことにあります。だから国がすでに乱れても君主は知らず、災いが起きても臣下は殺しませんでした。これは人々がみな君主を見捨てたのではなく、君主が多くの人の命を趙高に預け、病んで自ら民から離れたのです。後の末世の君主が、危うさを知る方法があるでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十四年 定姜、三罪を数う四月己未、子展齊に奔る。公鄄に如く。子行をして孫子に請はしむ。孫子又之を殺す。公出でて齊に奔る。孫氏之を追ひ、公の徒を河澤に敗る。鄄人之を執ふ。初め、尹公佗は射を庾公差に學び、庾公差は射を公孫丁に學ぶ。二子公を追ふ。公孫丁公に御たり。子魚曰く、「射れば師に背くと為し、射ずんば戮せらると為る。射るは禮と為さんか」と。兩軥を射て還る。尹公佗曰く、「子は師の為なり。我は則ち遠し」と。乃ち之に反る。公孫丁公に轡を授けて之を射、臂を貫く。子鮮公に從ひて竟に及ぶ。公祝宗をして亡を告げしめ、且つ罪無きを告げしむ。定姜曰く、「神無くんば何ぞ告げん。若し有らば、誣ふべからざるなり。罪有るに若何ぞ無しと告げん。大臣を舍てて小臣と謀る、一の罪なり。先君冢卿有りて以って師保と為すに、之を蔑ろにす、二の罪なり。余巾櫛を以って先君に事へしに、暴妾をば余を使ふこと、三の罪なり。
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『春秋左氏伝』昭公四年 豎牛、叔孫を餓えしむ長じて而る後に之を逆へしむ。丘蕕に田して、遂に疾に遇ふ。豎牛其の室を亂して之を有たんと欲す。強ひて孟と盟はんとするも、可かず。叔孫孟の為に鍾を為りて曰く、「爾未だ際(まじ)はらず。大夫を饗して以て之を落せ」と。既に具はる。豎牛をして日を請はしむ。入りて謁せず。出でて之に日を命ず。賓至るに及び、鍾の聲を聞く。牛曰く、「孟に北婦人の客有り」と。怒りて將に往かんとす。牛之を止む。賓出づ。拘へて諸を外に殺さしむ。牛又強ひて仲と盟はんとするも、可かず。仲公の御萊書と公に觀る。公之に環を與ふ。牛をして入りて之を示さしむ。入りて示さず。出でて之を佩びよと命ず。牛叔孫に謂ふ、「仲を見えしめば何如」と。叔孫曰く、「何為れぞ」と。曰く、「見えしめずとも、既に自ら見えたり。公之に環を與へて之を佩べり」と。遂に之を逐ふ。齊に奔る。疾急なり。仲を召せと命ず。牛許して召さず。杜洩見ゆ。之に飢渴を告げ、之に戈を授く。對へて曰く、「之を求めて至る、又何ぞ去らん」と。豎牛曰く、「夫子疾病なり、人を見るを欲せず」と。饋を個に寘きて退かしむ。牛進めず。則ち虛を置きて徹せしむ。
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言志四録・言志晩録 第百四十三条 権宮閫に在れば内症なり大臣権を弄するは、病ひ猶ほ外症のごとし。劇剤一瀉すれば、除くべきなり。若し権宮閫に在れば、則ち是れ内症なり。良薬有りと雖も施し易からず。之を如何せん。
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史記 秦始皇本紀襄公より已下は軼毀す。置く所凡そ七廟。群臣礼を以て進祠し、以て始皇の廟を尊びて帝者の祖廟と為す。皇帝復た自ら『朕』と称せん」と。二世趙高と謀りて曰く、「朕年少く、初めて位に即き、黔首未だ集附せず。先帝郡県を巡行して、以て彊きを示し、海内を威服す。今晏然として巡行せずんば、即ち弱きを見はし、以て天下を臣畜する毋からん」と。春、二世東のかた郡県を行り、李斯従ふ。碣石に到り、海に并ひ、南して会稽に至り、而して尽く始皇の立つる所の刻石に刻し、石の旁らに大臣の従者の名を著し、以て先帝の成功盛徳を章らかにす。皇帝曰く、「金石の刻は尽く始皇帝の為す所なり。今号を襲ひて金石の刻辞に始皇帝と称せずんば、其の久遠に於けるや後嗣の之を為す者の如く、成功盛徳を称せず」と。丞相臣斯・臣去疾・御史大夫臣徳昧死して言ふ、「臣請ふ具に詔書を刻石に刻し、因りて明白ならしめん。臣昧死して請ふ」と。制して曰く、「可なり」と。遂に遼東に至りて還る。是に於て二世乃ち趙高を遵用し、法令を申ぬ。乃ち陰かに趙高と謀りて曰く、「大臣服せず、官吏尚ほ彊く、及び諸公子必ず我と争はん。之を為すこと柰何」と。高曰く、「臣固より言はんと願ひて未だ敢へてせざりしなり。先帝の大臣は、皆天下累世の名貴の人なり。功労を積みて世以て相伝ふること久し。今高は素より小賤なり。陛下幸ひに称挙し、上位に在りて、中事を管せしむ。大臣鞅鞅として、特だ貌を以て臣に従ふも、其の心実は服せず。今上出づるに、此の時に因りて郡県の守尉の罪有る者を案じて之を誅せずんば、上は以て威を天下に振るひ、下は以て上の生平の可とせざる所の者を除去せん。今時は文を師とせずして武力に決す。願はくは陛下遂に時に従ひて疑ふ毋かれ、即ち群臣謀るに及ばざらん。明主は余民を収挙し、賤しき者は之を貴くし、貧しき者は之を富まし、遠き者は之を近づくれば、則ち上下集まりて国安からん」と。二世曰く、「善し」と。
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史記 秦始皇本紀後の使者至る。上問ふ。対へて曰く、「群盗は、郡守尉方に逐捕し、今尽く得たり、憂ふるに足らず」と。上悦ぶ。武臣自ら立ちて趙王と為り、魏咎魏王と為り、田儋斉王と為る。沛公沛に起こる。項梁兵を会稽郡に挙ぐ。二年冬、陳渉の遣はす所の周章等将として西のかた戯に至る。兵数十万。二世大いに驚き、群臣と謀りて曰く、「柰何せん」と。少府章邯曰く、「盗已に至り、衆くして彊し。今近県を発するも及ばず。酈山の徒多し。請ふ之を赦し、兵を授けて以て之を撃たしめん」と。二世乃ち大いに天下に赦し、章邯をして将たらしめ、周章の軍を撃破して走らせ、遂に章を曹陽に殺す。二世益長史司馬欣・董翳を遣はして章邯を佐けて盗を撃たしむ。陳勝を城父に殺し、項梁を定陶に破り、魏咎を臨済に滅ぼす。楚の地の盗の名将已に死し、章邯乃ち北のかた河を渡り、趙王歇等を鉅鹿に撃つ。趙高二世に説きて曰く、「先帝天下を臨制すること久し。故に群臣敢へて非を為し、邪説を進めず。今陛下春秋に富み、初めて位に即く。柰何ぞ公卿と廷に事を決せん。事即し誤り有らば、群臣に短を示すなり。天子は朕と称し、固より声を聞かしめず」と。是に於て二世常に禁中に居り、高と諸事を決す。其の後公卿朝見するを得ること希にして、盗賊益多く、而して関中の卒発して東のかた盗を撃つ者已むこと毋し。右丞相去疾・左丞相斯・将軍馮劫進みて諫めて曰く、「関東の群盗并び起こり、秦兵を発して誅撃し、殺亡する所甚だ衆し。然れども猶ほ止まず。盗の多きは、皆戍漕転作の事苦しく、賦税大なるを以てなり。請ふ且く阿房宮の作者を止め、四辺の戍転を減省せんことを」と。二世曰く、「吾之を韓子に聞く、曰く、『堯舜は采椽刮らず、茅茨翦らず、土塯に飯し、土形に啜る。監門の養と雖も、此より觳ならず。
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『韓非子』八説第四十七治國の是非、術を以て斷ぜずして寵人に決すれば、則ち臣下君を輕んじて寵人を重んず。
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