潜夫論 / 賢難
今世俗之人,自慢其親而憎人敬之,自簡其親而憎人愛之者不少也,豈獨品庶,賢材時有焉。鄧通幸於文帝,盡心而不違,吮癰而無吝色。帝病不樂,從容曰:「天下誰最愛朕者乎?」鄧通欲稱太子之孝,則因對曰:「莫若太子之最愛陛下也。」及太子問疾,帝令吮癰,有難之色,帝不悅而遣太子。既而聞鄧通之常吮癰也,乃慚而怨之。及嗣帝位,遂致通罪而使至於餓死。故鄧通行所以盡心力而無害人,其言所以譽太子而昭孝慈也。太子自不能盡其稱,則反結怨而歸咎焉。稱人之長,欲彰其孝,且猶為罪;又況明人之短,矯世者哉?
新字:今世俗之人,自慢其親而憎人敬之,自簡其親而憎人愛之者不少也,豈独品庶,賢材時有焉。鄧通幸於文帝,尽心而不違,吮癰而無吝色。帝病不楽,従容曰:「天下誰最愛朕者乎?」鄧通欲称太子之孝,則因対曰:「莫若太子之最愛陛下也。」及太子問疾,帝令吮癰,有難之色,帝不悦而遣太子。既而聞鄧通之常吮癰也,乃慚而怨之。及嗣帝位,遂致通罪而使至於餓死。故鄧通行所以尽心力而無害人,其言所以誉太子而昭孝慈也。太子自不能尽其称,則反結怨而帰咎焉。称人之長,欲彰其孝,且猶為罪;又況明人之短,矯世者哉?
書き下し
今の世俗の人、自ら其の親を慢りて人の之を敬するを憎み、自ら其の親を簡にして人の之を愛するを憎む者少なからざるなり、豈に独り品庶のみならんや、賢材も時に有り。鄧通は文帝に幸せられ、心を尽くして違わず、癰を吮いて吝かなる色無し。帝病みて楽しまず、従容として曰く、「天下誰か最も朕を愛する者ぞ」と。鄧通太子の孝を称せんと欲し、則ち因りて対えて曰く、「太子の最も陛下を愛するに若くは莫きなり」と。太子疾を問うに及び、帝癰を吮わしむるに、難きの色有り、帝悦ばずして太子を遣る。既にして鄧通の常に癰を吮うを聞き、乃ち慚じて之を怨む。帝位を嗣ぐに及び、遂に通を罪に致して餓死に至らしむ。故に鄧通の行いは心力を尽くして人を害する無き所以にして、其の言は太子を誉めて孝慈を昭かにする所以なり。太子自ら其の称に尽くす能わず、則ち反って怨みを結びて咎を帰す。人の長を称して、其の孝を彰さんと欲するすら、且つ猶お罪と為る。又況んや人の短を明らかにして、世を矯す者をや。
現代語訳
今の世の人には、自分の親を軽んじておきながら他人が親を敬うのを憎み、自分の親をおろそかにしながら他人が親を愛するのを憎む者が少なくありません。これは一般の人々だけでなく、賢い才能のある人にも時にあることです。鄧通は文帝に寵愛され、心を尽くして逆らわず、腫れ物の膿を吸うときもいやな顔を見せませんでした。帝が病んで気が晴れないとき、くつろいで尋ねました。「天下で誰が最も私を愛しているだろうか。」鄧通は太子の孝心をほめようとして、答えました。「太子ほど陛下を愛している方はおりません。」太子が見舞いに来ると、帝は膿を吸わせようとしましたが、太子は難しい顔をし、帝は不機嫌になって太子を帰しました。やがて鄧通がいつも膿を吸っていると聞き、太子は恥じて鄧通を恨みました。太子が帝位を継ぐと、ついに鄧通を罪に落とし、餓死に至らせました。鄧通の行いは心力を尽くして人を害するものではなく、その言葉は太子をほめて孝行と慈愛を明らかにするためのものでした。ところが太子は自分がその評価に応えられなかったので、かえって恨みを抱き、咎を鄧通に押しつけたのです。人の長所をほめて孝行を明らかにしようとしただけでも罪になるのです。ましてや人の短所を明らかにして世を正そうとする者はなおさらです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『学問のすゝめ』十三編・怨望の人間に害あるを論ず・あたかも的なきに射るがごとくその状あたかも的なきに射るがごとく、当たるも巧なるにあらず、当たらざるも拙なるにあらず、まさにこれを人間外の一乾坤と言うも可なり。この有様のうちに居れば、喜怒哀楽の心情必ずその性を変じて、他の人間世界に異ならざるを得ず。たまたま朋輩に立身する者あるも、その立身の方法を学ぶに由なければ、ただこれを羨むのみ。これを羨むのあまりにはただこれを嫉むのみ。朋輩を嫉み、主人を怨望するに忙わしければ、なんぞお家のおんためを思うに遑あらん。忠信節義は表向きの挨拶のみにて、その実は畳に油をこぼしても、人の見ぬところなれば拭いもせずに捨て置く流儀となり、はなはだしきは主人の一命にかかる病の時にも、平生、朋輩の睨み合いにからまりて、思うままに看病をもなし得ざる者多し。
-
『甲陽軍鑑』品第十四其方長閑子息長坂源五郎信玄公の御意に違ひ候事まづ大かたは四ヶ条なりせがれの利根過ぎたるを信玄公嫌ひ給ふとて、硯箱の上に料紙の有るを紙硯御用の時、上の紙に取そへ筆台のふた斗持て参り作りばかを致事、落合彥助と土屋平三郎をすゝめ合せ、喧嘩させ侫人いぢむさき事、河中島合戦の時廿人頭小人頭各能付奉る中に、原大隅一入手抦の義を長坂源五郎猜とて、信玄公仰らるゝは、家に久しき侍のことに我心やすくつかふ者共は、諸人我に忠節仕る者をば、日比傍輩中わろく共懇にいたし、我前よく取なしてこそ我を思ふなれ、縦は親の長閑が煩を直したる薬師をば定て馳走仕らん、其ごとく大切に存る主の用に立チ手抦をしたる者の、しかも小者頭にて有に随分だてをする侍が、我に奉公したる原大隅を憎むは、能々信玄に長坂源郎は表裏有と仰られつる事、其後古籠屋小路勝治殿の半衆と無行儀の事、是申間敷義なれ共、何事に付ても以来のたくらべの為にかくの分也、
-
史記 司馬穰苴列伝已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。
-
『呻吟語』内篇・修身・真修と語る可し人と為りて善を揚ぐる者の心を復すること無く、惡を稱する者の口を實にすること無くんば、亦た以て真修と語る可し。
-
人物志・釋爭前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
-
『十善法語』巻第八・不貪欲戒仏法ノ中ニハ提婆達多ノ類シヤ。世尊ノ名称ヲ嫉ミ自ラ思フ。釈迦ハ是浄飯王ノ子。我ハ是斛飯王ノ子。釈迦四月八日ニ誕生ス。我四月七日ニ誕生ス。釈迦三十二相ヲ具ス。我三十相ヲ具ス。釈迦六神通ヲ得タリ。我五神通ヲ得。其違ヒ幾カアル。シカルニ人間天上。釈迦ト聞ケハ礼拝供養ス。其言トコロ群類伏従ス。我ヲ見ルコト草芥ノ如シ。所有ノ言教モ人歯録セス。譬テ云ハ。月ノ光ヲ失フハ日ノ光ニヨル。此釈迦世ニ在テ。我名聞利養ヲ失フト。コレヨリ世尊ヲ害シ奉ル心生シ。次第ニ增長シテ。終ニ其身ヲ失フタト云コトシヤ。此提婆達多ハ大菩薩ノ権ノ示現デモ有フガ。示現ト云モ。末世衆生ノ為ノ示現ナレハ。是ヲ以テ人道ヲモ慎ミ。天命ニモ順シ。法性ニモ順スヘキコトシヤ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る