史記 / 司馬穰苴列伝
已而大夫鮑氏・高・國之屬害之、譖於景公。景公退穰苴、苴發疾而死。田乞・田豹之徒由此怨高・國等。其後及田常殺簡公、盡滅高子・國子之族。至常曾孫和、因自立為齊威王、用兵行威、大放穰苴之法、而諸侯朝齊。
新字:已而大夫鮑氏・高・国之属害之、譖於景公。景公退穰苴、苴発疾而死。田乞・田豹之徒由此怨高・国等。其後及田常殺簡公、尽滅高子・国子之族。至常曽孫和、因自立為斉威王、用兵行威、大放穰苴之法、而諸侯朝斉。
書き下し
已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。
現代語訳
やがて大夫の鮑氏・高氏・国氏らが穰苴をねたみ、景公に讒言した。景公は穰苴を退け、穰苴は病を発して死んだ。田乞・田豹らはこの一件から高氏・国氏を深く恨んだ。その後、田常が簡公を殺したとき、高子・国子の一族をことごとく滅ぼした。田常の曾孫の田和の代に至り、ついに自立して斉の威王となり、軍を用いて威勢を示すにあたって、大いに穰苴の兵法にならった。そして諸侯は斉に朝貢するようになった。
解説
有能な人材が、成果を出したがゆえに周囲の嫉妬を買って排除される――組織の暗い力学を示す一段です。穰苴は国を救った功労者でありながら、既得権を持つ名門(鮑・高・国氏)の讒言で失脚し、失意のうちに死にます。実力本位の抜擢は、既存勢力との軋轢を生みやすい。リーダーは、優れた人材を登用したら終わりではなく、その人材を組織政治の中でどう守るかまで責任を持つ必要があります。一方で歴史は皮肉です。穰苴を排除した名門は後に田氏に滅ぼされ、穰苴の兵法は田氏(威王)の手で受け継がれて斉を強国にした。目先の政治で有能な人物を潰しても、その人が遺した「本物の仕組み・方法論」は残り、最後には力を発揮する。個人は消せても、優れた方法論は消せないという教訓でもあります。
この章句が説くこと
嫉妬讒言有能な人材の排除組織政治人材を守る方法論は残る
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