呻吟語 / 内篇・修身・真修と語る可し
為人無復揚善者之心,無實稱惡者之口,亦可以語真修矣。
新字:為人無復揚善者之心,無実称悪者之口,亦可以語真修矣。
書き下し
人と為りて善を揚ぐる者の心を復すること無く、惡を稱する者の口を實にすること無くんば、亦た以て真修と語る可し。
現代語訳
人として、善を言い広める者の心に張り合うことなく、悪を言い立てる者の口を裏づけることも無ければ、本当の修養について語ってよいでしょう。
解説
二つの条件だけで、本物の修養の入口を示します。人の善を広める人に張り合わないこと、人の悪を言う人に材料を与えないこと。前者は嫉妬を持たないこと、後者は言われるような事をしないことです。どちらも他人との関わりの中で測られており、独りでの修養ではなく、人の中での振る舞いが基準になっているところが特徴です。
この章句が説くこと
嫉妬善悪評修養条件
関連する章句
-
人物志・釋爭前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
-
史記 司馬穰苴列伝已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。
-
史記 孫子呉起列伝孫武既に死し、後百余歳して孫臏有り。臏は阿・鄄の間に生まる。臏も亦た孫武の後世の子孫なり。孫臏嘗て龐涓と倶に兵法を学ぶ。龐涓既に魏に事へ、恵王の将軍と為るを得たり。而れども自ら以為らく、能は孫臏に及ばず、と。乃ち陰かに孫臏を召さしむ。臏至り、龐涓、其の己より賢なるを恐れ、之を疾む。則ち法刑を以て其の両足を断ちて之を黥し、隠れて見る勿らんことを欲す。
-
尚書・秦誓人の技有るや、己に之有るが若くし、人の彥聖なるや、其の心之を好む。
-
史記 老子韓非列伝人或いは其の書を伝へて秦に至る。秦王、孤憤・五蠹の書を見て曰く、「嗟乎、寡人此の人を見、之と游ぶを得ば、死すとも恨みじ」と。李斯曰く、「此れ韓非の著す所の書なり」と。秦因りて急に韓を攻む。韓王、始め非を用ゐず、急なるに及び、乃ち非を遣り秦に使ひせしむ。秦王之を悦ぶも、未だ信用せず。李斯・姚賈之を害み、之を毀りて曰く、「韓非は韓の諸公子なり。今王、諸侯を并せんと欲するに、非は終に韓の為にして秦の為にせず、此れ人の情なり。今王用ゐずして久しく留めて之を帰すは、此れ自ら患ひを遺すなり。過法を以て之を誅するに如かず」と。秦王、以て然りと為し、吏に下して非を治む。李斯、人をして非に薬を遺らしめ、自殺せしむ。韓非、自ら陳べんと欲するも、見ゆるを得ず。秦王後に之を悔い、人をして之を赦さしむるに、非已に死せり。申子・韓子皆書を著し、後世に伝はり、学ぶ者多く有り。余独り韓子の説難を為りて自ら脱する能はざりしを悲しむのみ。
-
『甲陽軍鑑』品第四十三第三に忠節忠功のよき武士をそねむ人は我主君に忠節忠功の奉公なき故、よき武士をそねみ倒したがるは、いくさに大毒の人なり、ここをもつて陣の時、此人をきらふなり、第四に忠節忠功の人を嫌ふ者は、武士の家職を不存未練の侍故其陣をいやがり、敵の事計りを大にほめて、味方のよわる様に申ものなり、ここをもつて此人をきらふなり、