人物志 / 釋爭
在前者然害之,有功者人毀之,毀敗者人幸之。
書き下し
前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
現代語訳
人より先んじている者はそれゆえに害を受け、功績のある者は人から謗られ、失敗して身を滅ぼした者は人から喜ばれてしまう。
解説
人より先んじれば害され、功績を上げれば謗られ、失敗すれば陰で喜ばれるという、人間心理の身も蓋もない一面を劉劭は率直に描き出す。周囲から妬みや反発を受けるのは、必ずしも自分に落ち度があるからではなく、先んじたり成果を上げたりすること自体が招く自然な反応でもある。成果を上げた途端に向けられる冷ややかな視線に戸惑うとき、この一句を思い出せば、それが普遍的な人間心理の一部だと受け止め直しやすくなる。
この章句が説くこと
嫉妬成功への反発人間心理
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