人物志 / 釋爭
在前者然害之,有功者人毀之,毀敗者人幸之。
書き下し
前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
現代語訳
人より先んじている者はそれゆえに害を受け、功績のある者は人から謗られ、失敗して身を滅ぼした者は人から喜ばれてしまう。
解説
人より先んじれば害され、功績を上げれば謗られ、失敗すれば陰で喜ばれるという、人間心理の身も蓋もない一面を劉劭は率直に描き出す。周囲から妬みや反発を受けるのは、必ずしも自分に落ち度があるからではなく、先んじたり成果を上げたりすること自体が招く自然な反応でもある。成果を上げた途端に向けられる冷ややかな視線に戸惑うとき、この一句を思い出せば、それが普遍的な人間心理の一部だと受け止め直しやすくなる。
この章句が説くこと
嫉妬成功への反発人間心理
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尚書・秦誓人の技有るや、己に之有るが若くし、人の彥聖なるや、其の心之を好む。
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大学《秦誓》(しんせい)に曰く、「若(も)し一つの臣有らん。断断(だんだん)として他技無く、其の心休休焉(きゅうきゅうえん)として、其れ容るる有るが如し。人の技有るを、己之れ有るが如くし、人の彦聖(げんせい)なるを、其の心之を好むこと、啻(ただ)に其の口より出づるが如きのみならず。実に能く之を容(い)る。以て我が子孫黎民(れいみん)を保(やすん)ずべし、尚(な)お亦た利有らん哉(かな)。人の技有るを、媢嫉(ぼうしつ)して以て之を悪み、人の彦聖なるを、之を違(さまた)げて通ぜざらしむ。実に容るる能わず。以て我が子孫黎民を保つ能わず、亦た殆(あやう)き哉」と。唯(ただ)仁人(じんじん)のみ之を放流(ほうりゅう)し、四夷に迸(しりぞ)け、与(とも)に中国を同じくせず。此れ唯仁人のみ能く人を愛し、能く人を悪むと謂う。賢を見て挙ぐる能わず、挙げて先んずる能わざるは、命(慢)なり。不善を見て退くる能わず、退けて遠ざくる能わざるは、過ちなり。人の悪む所を好み、人の好む所を悪む、是れ人の性を拂(もと)ると謂う。災い必ず夫(そ)の身に逮(およ)ばん。是の故に君子に大道有り、必ず忠信なるを以て之を得、驕泰(きょうたい)なるを以て之を失う。
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『韓非子』外儲說左下第三十三少室周...力を角べて、若かざるなり。入りて之を襄主に言いて以て自ら代らんとす。