学問のすゝめ / 十三編・怨望の人間に害あるを論ず・あたかも的なきに射るがごとく
その状あたかも的なきに射るがごとく、当たるも巧なるにあらず、当たらざるも拙なるにあらず、まさにこれを人間外の一乾坤と言うも可なり。この有様のうちに居れば、喜怒哀楽の心情必ずその性を変じて、他の人間世界に異ならざるを得ず。たまたま朋輩に立身する者あるも、その立身の方法を学ぶに由なければ、ただこれを羨むのみ。これを羨むのあまりにはただこれを嫉むのみ。朋輩を嫉み、主人を怨望するに忙わしければ、なんぞお家のおんためを思うに遑あらん。忠信節義は表向きの挨拶のみにて、その実は畳に油をこぼしても、人の見ぬところなれば拭いもせずに捨て置く流儀となり、はなはだしきは主人の一命にかかる病の時にも、平生、朋輩の睨み合いにからまりて、思うままに看病をもなし得ざる者多し。
書き下し
その状あたかも的なきに射るがごとく、当たるも巧なるにあらず、当たらざるも拙なるにあらず、まさにこれを人間外の一乾坤と言うも可なり。この有様のうちに居れば、喜怒哀楽の心情必ずその性を変じて、他の人間世界に異ならざるを得ず。たまたま朋輩に立身する者あるも、その立身の方法を学ぶに由なければ、ただこれを羨むのみ。これを羨むのあまりにはただこれを嫉むのみ。朋輩を嫉み、主人を怨望するに忙わしければ、なんぞお家のおんためを思うに遑あらん。忠信節義は表向きの挨拶のみにて、その実は畳に油をこぼしても、人の見ぬところなれば拭いもせずに捨て置く流儀となり、はなはだしきは主人の一命にかかる病の時にも、平生、朋輩の睨み合いにからまりて、思うままに看病をもなし得ざる者多し。
現代語訳
そのさまはまるで的がないのに射るようなもので、当たっても巧みなのではなく、当たらなくても拙いのではありません。まさにこれを人の世界の外の別天地と言ってもよいでしょう。このありさまの中にいれば、喜怒哀楽の心情は必ずその性質を変えて、他の人間世界と違わずにはいられません。たまたま同輩に出世する者があっても、その出世の方法を学ぶすべがなければ、ただこれを羨むだけです。羨むあまりには、ただこれを妬むだけです。同輩を妬み主人を怨むのに忙しければ、どうしてお家のためを思う暇がありましょうか。忠信節義は表向きの挨拶だけで、実際は畳に油をこぼしても人の見ていないところなら拭かずに放っておく流儀となり、甚だしきは主人の命に関わる病のときでも、日ごろの同輩同士のにらみ合いに絡んで、思うままに看病もできない者が多いのです。
解説

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