潜夫論 / 論榮
所謂賢人君子者,非必高位厚祿富貴榮華之謂也。此則君子之所宜有,而非其所以為君子者也。所謂小人者,非必貧賤凍餒困辱阨窮之謂也。此則小人之所宜處,而非其所以為小人者也。奚以明之哉?夫桀、紂者,夏、殷之君王也;崇侯、惡來,天子之三公也。而猶不免於小人者,以其心行惡也。伯夷、叔齊,餓夫也;傳說、胥靡,而井臼處虜也。然世猶以為君子者,以為志節美也。故論士苟定於志行,勿以遭命,則雖有天下,不足以為重;無所用,不可以為輕;處隸圉,不足以為恥;撫四海,不足以為榮。況乎其未能相縣若此者哉?故曰:寵位不足以為尊我,而卑賤不足以卑己。夫令譽從我興,而二命自天降之。詩云:「天實為之。」謂之何哉?故君子未必富貴,小人未必貧賤;或潛龍未用,或亢龍在天,從古以然。
新字:所謂賢人君子者,非必高位厚禄富貴栄華之謂也。此則君子之所宜有,而非其所以為君子者也。所謂小人者,非必貧賤凍餒困辱阨窮之謂也。此則小人之所宜処,而非其所以為小人者也。奚以明之哉?夫桀、紂者,夏、殷之君王也;崇侯、悪来,天子之三公也。而猶不免於小人者,以其心行悪也。伯夷、叔斉,餓夫也;伝説、胥靡,而井臼処虜也。然世猶以為君子者,以為志節美也。故論士苟定於志行,勿以遭命,則雖有天下,不足以為重;無所用,不可以為軽;処隸圉,不足以為恥;撫四海,不足以為栄。況乎其未能相県若此者哉?故曰:寵位不足以為尊我,而卑賤不足以卑己。夫令誉従我興,而二命自天降之。詩云:「天実為之。」謂之何哉?故君子未必富貴,小人未必貧賤;或潜竜未用,或亢竜在天,従古以然。
書き下し
所謂賢人君子とは、必ずしも高位厚禄富貴栄華の謂に非ざるなり。此れ則ち君子の宜しく有すべき所にして、其の君子たる所以に非ず。所謂小人とは、必ずしも貧賤凍餒困辱阨窮の謂に非ざるなり。此れ則ち小人の宜しく処るべき所にして、其の小人たる所以に非ず。奚を以て之を明らかにせんや。夫れ桀・紂は、夏・殷の君王なり、崇侯・悪来は、天子の三公なり。而るに猶お小人たるを免れざるは、其の心行の悪なるを以てなり。伯夷・叔齊は、餓夫なり、傅説・胥靡は、而も井臼に処る虜なり。然れども世猶お以て君子と為すは、志節の美なるを以てなり。故に士を論ずること苟くも志行に定まり、命に遭うを以てする勿れば、則ち天下を有つと雖も、以て重しと為すに足らず。用うる所無くとも、以て軽しと為すべからず。隷圉に処るも、以て恥と為すに足らず、四海を撫すも、以て栄と為すに足らず。況んや其の未だ能く相い懸たること此の若くならざる者をや。故に曰く、寵位は以て我を尊しとするに足らず、而して卑賤は以て己を卑しくするに足らず、と。夫れ令誉は我より興り、而して二命は天より之を降す。詩に云う、「天実に之を為す」と。之を何とか謂わん。故に君子は未だ必ずしも富貴ならず、小人は未だ必ずしも貧賤ならず。或いは潜龍未だ用いられず、或いは亢龍天に在り、古より然り。
現代語訳
賢人や君子とは、必ずしも高い地位や厚い俸禄、富貴や栄華の者を言うのではありません。それは君子が持っていてもよいものであって、君子であるゆえんではありません。小人とは、必ずしも貧賤や凍え飢え、困窮の者を言うのではありません。それは小人がいてもおかしくない境遇であって、小人であるゆえんではありません。どうしてそれを明らかにできるでしょうか。桀・紂は夏・殷の君王であり、崇侯・悪来は天子の三公でしたが、それでも小人であるのを免れなかったのは、その心と行いが悪かったからです。伯夷・叔齊は飢えた人であり、傅説や胥靡は井戸や臼のそばにいる奴隷でしたが、世の人が今も君子とするのは、志と節操が美しかったからです。ですから士を論じるときには、志と行いで定めて、境遇に遭うことを基準にしなければ、天下を持っていても重いとするに足らず、用いられなくても軽いとはできません。奴隷に身を置いても恥ではなく、四海を治めても栄誉とするに足りません。まして、これほど懸け離れていない者の場合はなおさらです。そこで言います。寵愛や地位は私を尊くするに足りず、卑賎であることも自分を卑しくするに足りない、と。良い名誉は自分から生まれ、二つの命は天がこれを降すのです。《詩》に「天が実にこれを為す」とあります。どう言えばよいでしょうか。ですから君子は必ずしも富貴ではなく、小人は必ずしも貧賤ではありません。潜龍がまだ用いられないこともあれば、亢龍が天にあることもあり、昔からそうでした。
解説
この章句が説くこと
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