講孟余話 / 告子上 第十七章
趙孟之所貴、趙孟能賤之、此事仕途ニ進ム者最モ深戒スヘキ所ナリ、大丈夫自立ノ処ナカルヘカラス、人ニ倚テ貴ク、人ニ倚テ賤キハ、大丈夫ノ深ク恥ル所ナリ、若シ吾才管仲ノ如クンハ、飽叔カ能ク貴賤スル所ニ非ス、吾才韓信ノ如クンハ、蕭何カ能ク貴賤スル所ニ非ス、大氏國家天下ノ事、必ツ吾ヲ待テ然ル後局ヲ了スル樣ナレハ、其人能ク自立スルト云ヘシ、果シテ然ラハ、趙孟カ能ク貴賤スル所ニ非ス、韓文公ノ柳子厚墓誌銘ニ、子厚儁傑廉悍、議論證拠今古、出入經史百子、踔厲風發、率常屈其座人、名声大振、一時皆慕與之交、諸公要人、爭欲令出我門下、交口薦誉之トアリ、余謂ラク、子厚素ヨリ才ナリ、然トモ此時声名已ニ其実ニ過キ、又銳進ノ氣過テ甚シ、是其身ヲ失フ所以也、若シ子厚、此時一步ヲ退キ、門下ニ出シメント欲スルノ諸公怒ルト云トモ顧ミス、退テ嵓穴ニ処ルコト十餘年、志ヲ養ヒ学ヲ畜へ、然ル後仕途ニ進マ、假令顚跌シテ永州柳州ニ貶竄スルトモ、附會ノ恥ヲ免ルヘシ、誠ニ惜ムヘキカナ、
新字:趙孟之所貴、趙孟能賤之、此事仕途ニ進ム者最モ深戒スヘキ所ナリ、大丈夫自立ノ処ナカルヘカラス、人ニ倚テ貴ク、人ニ倚テ賤キハ、大丈夫ノ深ク恥ル所ナリ、若シ吾才管仲ノ如クンハ、飽叔カ能ク貴賤スル所ニ非ス、吾才韓信ノ如クンハ、蕭何カ能ク貴賤スル所ニ非ス、大氏国家天下ノ事、必ツ吾ヲ待テ然ル後局ヲ了スル様ナレハ、其人能ク自立スルト云ヘシ、果シテ然ラハ、趙孟カ能ク貴賤スル所ニ非ス、韓文公ノ柳子厚墓誌銘ニ、子厚儁傑廉悍、議論証拠今古、出入経史百子、踔厲風発、率常屈其座人、名声大振、一時皆慕与之交、諸公要人、争欲令出我門下、交口薦誉之トアリ、余謂ラク、子厚素ヨリ才ナリ、然トモ此時声名已ニ其実ニ過キ、又鋭進ノ気過テ甚シ、是其身ヲ失フ所以也、若シ子厚、此時一歩ヲ退キ、門下ニ出シメント欲スルノ諸公怒ルト云トモ顧ミス、退テ嵓穴ニ処ルコト十余年、志ヲ養ヒ学ヲ畜へ、然ル後仕途ニ進マ、仮令顛跌シテ永州柳州ニ貶竄スルトモ、附会ノ恥ヲ免ルヘシ、誠ニ惜ムヘキカナ、
書き下し
趙孟の貴くする所は、趙孟能く之を賤しくす。此の事仕途に進む者最も深く戒むべき所なり。大丈夫自立の処なかるべからず。人に倚りて貴く、人に倚りて賤しきは、大丈夫の深く恥づる所なり。若し吾が才管仲の如くんば、鮑叔が能く貴賤する所に非ず。吾が才韓信の如くんば、蕭何が能く貴賤する所に非ず。大抵国家天下の事、必ず吾を待ちて然る後局を了する様なれば、其の人能く自立すると云ふべし。果して然らば、趙孟が能く貴賤する所に非ず。韓文公の柳子厚墓誌銘に、「子厚儁傑廉悍、議論今古を証拠し、経史百子に出入し、踔厲風発、率常に其の座人を屈す。名声大いに振ひ、一時皆慕ひて之と交る。諸公要人、争ひて我が門下に出でしめんと欲し、口を交へて之を薦誉す」とあり。余謂へらく、子厚素より才なり。然れども此の時声名已に其の実に過ぎ、又鋭進の気過ぎて甚だし。是れ其の身を失ふ所以なり。若し子厚、此の時一歩を退き、門下に出でしめんと欲するの諸公怒ると云へども顧みず、退きて巌穴に処ること十余年、志を養ひ学を畜へ、然る後仕途に進まば、仮令顚跌して永州・柳州に貶竄せらるるとも、附会の恥を免るべし。誠に惜しむべきかな。
現代語訳
「趙孟(晋の権臣)が貴くしてやった者は、趙孟がまた賤しくすることができる」。このことは、仕官の道に進む者が最も深く戒めるべきところである。一人前の男には自分で立つところがなければならない。人に頼って貴くなり、人に頼って賤しくなるのは、一人前の男が深く恥じるところである。もし自分の才が管仲ほどなら、鮑叔が貴くしたり賤しくしたりできるものではない。自分の才が韓信ほどなら、蕭何が貴くしたり賤しくしたりできるものではない。たいてい、国家天下の事が必ず自分を待ってはじめて片がつくほどであれば、その人はよく自立していると言える。そうであれば、趙孟が貴くしたり賤しくしたりできるものではない。韓愈の「柳子厚墓誌銘」に「子厚(柳宗元)は才気すぐれて清廉剛直、議論は古今を証拠立て、経書・史書・諸子百家に通じ、意気盛んで風を起こすようで、たいてい同席の人を言い負かした。名声は大いに上がり、当時の人はみな慕って交わりを求めた。権勢ある人々は争って自分の門下にしようとし、口々に推薦し褒めそやした」とある。私は思う。子厚はもとより才のある人だった。しかしこのとき名声はすでに実力を超え、また先を急ぐ気が過ぎていた。これが身を失った理由である。もし子厚が、このとき一歩退き、門下にしようとする権勢家たちが怒っても顧みず、退いて岩屋に住むこと十余年、志を養い学問を蓄えて、そのうえで仕官に進んだなら、たとえつまずいて永州や柳州に左遷されたとしても、権勢家にすり寄ったという恥は免れたであろう。まことに惜しいことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・修身・軒冕は甚の物事ぞ韋弁布衣は、是れ我が生まれし初めの服なり。愧ぢずんば、此の生儘く以て大造に還す可し。軒冕は是れ甚の物事ぞ。個の丈夫を將て做し壞せり。甚の面目有りてか那の青天白日に對せん。是れ宇宙中の一の腐臭物なり。乃ち眉を揚げ氣を吐き、此を以て人に誇り、而して世人共に之を榮とし慕ふは、亦た大いに異なる事なり。
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『呻吟語』外篇・品藻・其の世教を壞ること細ならず淺識狹聞に狃れ、偏見曲說を執り、陋規格套を守る。斯の人や若し鄉里の常人と為らば、輕重するに足らず。若し高位に居り令名有らば、其の世教を壞ること細ならず。
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『呻吟語』内篇・修身・賢者は其の貴重を忘る尊大の位に居りて、賢者をして其の貴重を忘れしめ、卑き者をして親炙するを樂しましむれば、則ち其の人知る可きなり。
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孫子・形篇勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ず。戦い勝ちて天下善と曰うも、善の善なる者に非ず。故に秋毫を挙ぐるも多力と為さず、日月を見るも明目と為さず、雷霆を聞くも聡耳と為さず。
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『墨子』修身彊からざれば智達せず、言信ならざる者は行果たさず。財に據りて以て人に分かつ能わざる者は、與に友とするに足らず。道を守ること篤からず、物に徧きこと博からず、是非を辯ずること察かならざる者は、與に遊ぶに足らず。本固からざる者は末必ず㡬うく、雄にして脩めざる者は其の後必ず惰る。源濁れば流れ清からず、行い信ならざれば名必ず耗る。名は徒らに生ぜず、而して譽は自ら長ぜず。功成り名遂ぐるも、名譽は虚假す可からず、之を身に反す者なり。言を務めて行を繁くすれば、辯なりと雖も必ず聴かれず。力多くして功を伐れば、勞すと雖も必ず圖られず。慧き者は心辯にして繁説せず、力多くして功を伐らず。此を以て名譽、天下に揚がる。言は多きを為すを務めずして智を為すを務め、文を為すを務めずして察を為すを務む。故に彼の智、察無く、身に在りて情、其の路に反する者なり。善、心に主たること無き者は留まらず、行、身に辯たること無き者は立たず。名は簡にして成る可からざるなり、譽は巧みにして立つ可からざるなり。君子は身を以て行を戴く者なり。利を思うこと尋ぎ、名を忘るること忽やかにして、以て天下に士為る可き者は、未だ嘗て有らざるなり。
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