呻吟語 / 内篇・修身・軒冕は甚の物事ぞ
韋弁布衣,是我生初服,不愧,此生儘可以還大造。軒冕是甚物事?將個丈夫來做壞了,有甚面目對那青天白日?是宇宙中一腐臭物也,乃揚眉吐氣,以此誇人,而世人共榮慕之,亦大異事。
新字:韋弁布衣,是我生初服,不愧,此生儘可以還大造。軒冕是甚物事?将個丈夫来做壊了,有甚面目対那青天白日?是宇宙中一腐臭物也,乃揚眉吐気,以此誇人,而世人共栄慕之,亦大異事。
書き下し
韋弁布衣は、是れ我が生まれし初めの服なり。愧ぢずんば、此の生儘く以て大造に還す可し。軒冕は是れ甚の物事ぞ。個の丈夫を將て做し壞せり。甚の面目有りてか那の青天白日に對せん。是れ宇宙中の一の腐臭物なり。乃ち眉を揚げ氣を吐き、此を以て人に誇り、而して世人共に之を榮とし慕ふは、亦た大いに異なる事なり。
現代語訳
革の冠と麻の衣は、私が生まれた時の服です。恥じることが無ければ、この一生をそのまま大いなる造化に返せます。立派な車と冠とは一体何でしょうか。一人の男子をすっかり駄目にしてしまいました。どんな顔で青空と太陽に向かえるでしょうか。これは宇宙のうちの腐って臭う物です。それなのに眉を上げ気を吐いてこれを人に誇り、世の人がこぞってそれを栄誉として憧れるのは、まったく不思議なことです。
解説
地位の象徴である車と冠を、腐って臭う物と呼び捨てます。呂坤自身が高官だったことを思えば、強い言葉です。そして対置されるのが、生まれた時の粗末な服。恥じることが無ければこの一生をそのまま返せる、という言い方に、生涯の決算を思わせる重さがあります。誇る側と憧れる側の両方を不思議だと切り捨てて終わるのも痛烈です。
この章句が説くこと
地位栄誉虚飾初心決算
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