孟子 / 盡心章句上
孟子曰、古之賢王好善而忘勢。古之賢士何獨不然。樂其道而忘人之勢。故王公不致敬盡禮、則不得亟見之。見且猶不得亟、而況得而臣之乎。
新字:孟子曰、古之賢王好善而忘勢。古之賢士何独不然。楽其道而忘人之勢。故王公不致敬尽礼、則不得亟見之。見且猶不得亟、而況得而臣之乎。
書き下し
孟子曰く、「古の賢王は善を好みて勢いを忘る。古の賢士、何ぞ獨り然らざらん。其の道を樂しみて、人の勢いを忘る。故に王公も敬を致し禮を盡くさずんば、則ち亟々之を見るを得ず。見ることすら且つ猶ほ亟々するを得ず、而るを況んや得て之を臣とするをや。」
現代語訳
孟子は言った。 「昔の優れた王は善を好み、自分の貴い身分や権勢を気にかけなかった。そうして賢者を敬したので、賢者も地位に関係なく同様な態度であったはずであり、善の道を楽しんで、貴尊権勢に捉われなかった。だから王公といえども敬い禮を尽くさなければ、簡単には会うことができなかった。会うことすらにわかにできないのに、臣下にするなど簡単にできないことは、言うまでもないことだ。」
解説
社会的地位や肩書きにとらわれず、人としての正しさや本質的な価値を重んじることが大切です。権力や財産を持つと、人はどうしても驕り高ぶってしまいがちですが、真に優れたリーダーは自らの立場を笠に着ることなく、優れた知見を持つ人に敬意を払います。私たちも職場や地域社会において、相手の役職や表面的な経歴だけで判断するのではなく、その人の内面的な魅力や実力を正当に評価し、謙虚に教えを請う姿勢を忘れないようにしたいものです。
この章句が説くこと
地位謙虚さ敬意本質
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