潜夫論 / 遏利
自古於今,上以天子,下止庶人,蔑有好利而不亡者,好義而不彰者也。昔周厲王好專利,芮良夫諫而不入,退賦《桑柔》之詩以諷。言是大風也,必將有遂;是貪民也,必將敗其類。王又不悟,故遂流死於彘。虞公屢求以失其國,公叔戍崇賄以為罪,柏魋不節飲食以見弑。此皆以貨自止,用財自滅。楚鬥子文三為令尹而有饑色,妻子凍餒,朝不及夕。季文子相四君,馬不餼粟,妾不衣帛,子罕歸玉,晏子歸宅。此皆能棄利約身,故無怨於人,世厚天祿,令問不止。伯夷、叔齊餓於首陽,白駒、介推遁逃於山谷,顏、原、公析困饉於郊野。守志篤固,秉節不虧。寵祿不能固,威勢不能移。雖有南面之尊,公侯之位,德義有殆,禮義不班。撓志如芷,負心若芬,固弗為也。是故雖有四海之主,弗能與之方名;列國之君,不能與之鈞重。守志於一廬之內,而義溢乎九州之外;信立於千載之上,而名傳乎百世之際。
新字:自古於今,上以天子,下止庶人,蔑有好利而不亡者,好義而不彰者也。昔周厲王好専利,芮良夫諫而不入,退賦《桑柔》之詩以諷。言是大風也,必将有遂;是貪民也,必将敗其類。王又不悟,故遂流死於彘。虞公屡求以失其国,公叔戍崇賄以為罪,柏魋不節飲食以見弑。此皆以貨自止,用財自滅。楚鬥子文三為令尹而有饑色,妻子凍餒,朝不及夕。季文子相四君,馬不餼粟,妾不衣帛,子罕帰玉,晏子帰宅。此皆能棄利約身,故無怨於人,世厚天禄,令問不止。伯夷、叔斉餓於首陽,白駒、介推遁逃於山谷,顔、原、公析困饉於郊野。守志篤固,秉節不虧。寵禄不能固,威勢不能移。雖有南面之尊,公侯之位,徳義有殆,礼義不班。撓志如芷,負心若芬,固弗為也。是故雖有四海之主,弗能与之方名;列国之君,不能与之鈞重。守志於一廬之内,而義溢乎九州之外;信立於千載之上,而名伝乎百世之際。
書き下し
古自り今に於ける、上は天子を以てし、下は庶人に止まるまで、利を好みて亡びず、義を好みて彰かならざる者有ること蔑し。昔周の厲王は利を専らにするを好み、芮良夫諫むるも入れられず、退きて《桑柔》の詩を賦して以て諷す。言うこころは是の大風や、必ず将に遂ぐる有らんとす、是の貪民や、必ず将に其の類を敗らんとす、と。王又悟らず、故に遂に彘に流死す。虞公は屢しば求めて以て其の国を失い、公叔戍は賄を崇びて以て罪と為り、柏魋は飲食を節せずして以て弑せらる。此れ皆貨を以て自ら止まり、財を用て自ら滅ぶ。楚の鬥子文は三たび令尹と為りて饑色有り、妻子凍餒して、朝に夕に及ばず。季文子は四君に相たりて、馬に粟を餼わず、妾に帛を衣せず。子罕は玉を帰し、晏子は宅を帰す。此れ皆能く利を棄て身を約す、故に人に怨み無く、世ゝ天禄を厚くし、令問止まず。伯夷・叔齊は首陽に餓え、白駒・介推は山谷に遁逃し、顔・原・公析は郊野に困饉す。志を守ること篤固、節を秉りて虧けず。寵禄も固くする能わず、威勢も移す能わず。南面の尊、公侯の位有りと雖も、徳義に殆うき有らば、礼義班らず。志を撓むること芷の如く、心に負くこと芬の若きは、固より為さざるなり。是の故に四海の主有りと雖も、之と名を方ぶる能わず、列国の君も、之と重きを鈞しくする能わず。志を一廬の内に守りて、義は九州の外に溢れ、信は千載の上に立ちて、名は百世の際に伝わる。
現代語訳
昔から今まで、上は天子から下は庶民に至るまで、利を好んで滅びず、義を好んで世に顕れなかった者はまずいません。昔、周の厲王は利益を独り占めするのを好み、芮良夫が諫めても聞き入れられず、退いて《桑柔》の詩を詠んで諷刺しました。その意は、この大風は必ず吹き抜けるべきところへ吹き抜ける、この貪る民は必ず自分の仲間を損なう、というものです。王はなお悟らず、ついに彘に流されて死にました。虞公はたびたび求めて国を失い、公叔戍は財貨を重んじて罪を得、柏魋は飲食を節せず殺されました。これらはみな財貨によって自ら止められ、財を用いて自ら滅んだのです。楚の鬥子文は三度令尹となっても飢えた顔色で、妻子は凍え飢えて朝から夕まで持ちませんでした。季文子は四人の君に仕えながら、馬に粟を与えず、妾に絹を着せませんでした。子罕は玉を返し、晏子は屋敷を返しました。彼らはみな利を捨てて身を引き締めたので、人に怨まれず、代々天の禄を厚く受け、良い評判が止まりませんでした。伯夷・叔齊は首陽山で飢え、白駒・介推は山谷に逃れ、顔回・原憲・公析は野に飢えました。志を守ることは篤く固く、節操を持って欠けませんでした。寵愛や禄で固めることもできず、威勢でも動かせません。南面する尊さ、公侯の位があっても、徳義に危うさがあれば礼義は行き渡りません。志を曲げ心に背くことは、もとより行わないのです。ですから四海の主であっても名を並べることはできず、諸国の君でも重みを同じにすることはできません。一つの庵の内に志を守りながら、義は九州の外にあふれ、信は千年の昔に立ち、名は百世の後に伝わります。
解説
この章句が説くこと
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