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弁名 / 節儉

節者禮義之節也。禮義皆有所限而不可踰越者。是之謂節。節之云者。守其限而不敢踰趣也。大節者。乃謂禮義之大限也。皆道之目也。自有聖達節次守節之言。而後世遂有節士節婦之稱。以命其人之德已。

新字:節者礼義之節也。礼義皆有所限而不可踰越者。是之謂節。節之云者。守其限而不敢踰趣也。大節者。乃謂礼義之大限也。皆道之目也。自有聖達節次守節之言。而後世遂有節士節婦之称。以命其人之徳已。

書き下し

節は礼義の節なり。礼義は皆限る所有りて踰越すべからざる者あり。是を之れ節と謂ふ。之を節すと云ふ者は、其の限りを守りて敢へて踰えざるなり。大節は、乃ち礼義の大限を謂ふなり。皆道の目なり。「聖は節に達し、次は節を守る」の言有りてより、而して後世遂に節士・節婦の称有りて、以て其の人の徳に命くるのみ。

現代語訳

節とは礼義の節目のことである。礼義にはみな限度があり、越えてはならないところがある。これを節という。「節する」というのは、その限度を守ってあえて越えないことである。大節とは礼義の大きな限度のことをいう。どれも道の項目である。「聖人は節に通達し、その次の人は節を守る」という言葉ができてから、後世ついに「節士」「節婦」という呼び名ができ、その人の徳を名づけるようになった。

解説

節はもともと竹の節のように礼義に設けられた区切り、越えてはならない限度のことであり、道を構成する項目だった、と徂徠は言う。それが後世、節義を守る人を「節士」「節婦」と呼ぶように、個人の徳の名へと移っていった。節は個人の意志の固さである前に、共同体が定めた線である。組織の規程や職務権限も、守る人の根性に頼るのでなく、どこに線があるかを明確に示すことで機能する。線が見えていれば、人はそれを守りやすくなるのである。

この章句が説くこと

節礼義限度道規範弁名

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