潜夫論 / 務本
是故務本則雖虛偽之人皆歸本,居末則雖篤敬之人皆就末。且凍餒之所在,民不得不去也;溫飽之所在,民不得不居也。故衰暗之世,本末之人,未必賢不肖也,禍福之所勢不得無然爾。故明君蒞國,必崇本抑末,以遏亂危之萌。此誠治之危漸,不可不察也。
新字:是故務本則雖虚偽之人皆帰本,居末則雖篤敬之人皆就末。且凍餒之所在,民不得不去也;温飽之所在,民不得不居也。故衰暗之世,本末之人,未必賢不肖也,禍福之所勢不得無然爾。故明君莅国,必崇本抑末,以遏乱危之萌。此誠治之危漸,不可不察也。
書き下し
是の故に本を務むれば則ち虚偽の人と雖も皆本に帰し、末に居れば則ち篤敬の人と雖も皆末に就く。且つ凍餒の在る所は、民去らざるを得ず。温飽の在る所は、民居らざるを得ざるなり。故に衰暗の世、本末の人は、未だ必ずしも賢不肖ならず、禍福の勢いの所、然る無きを得ざるのみ。故に明君の国に蒞むや、必ず本を崇び末を抑え、以て乱危の萌しを遏む。此れ誠に治の危うき漸、察せざるべからざるなり。
現代語訳
ですから、本に努める世なら偽りの多い人でも皆本に帰り、末に居る世なら誠実で慎み深い人でも皆末に就きます。しかも凍えや飢えのある所からは、民は去らざるを得ません。温かさや満腹のある所には、民は留まらざるを得ません。だから衰えて暗い世で、本に就く人と末に就く人は、必ずしも賢さや愚かさで分かれるのではなく、禍福の勢いに従って、そうなるほかないのです。そこで明君は国に臨むとき、必ず本を尊び末を抑えて、乱れと危うさの芽を止めます。これは治世が危うくなる兆しであり、見逃してはならないことです。
解説
務本篇の結びで、前の段までの本末論を、人の資質ではなく環境と誘導の問題としてまとめます。王符は、人が本に就くか末に就くかは賢愚で決まるのではなく、どちらに利益があるか、暮らしが成り立つかという勢いで決まると見ます。この見方は、不祥事や怠慢を個人の資質のせいにしない、構造的な見方です。後漢の乱れた世を背景に、君主が本を崇び末を抑えることで乱れの芽を止めるべきだという結論に至ります。現代の組織でも、評価や報酬が見かけの成果に報いる仕組みなら、誠実な人もそちらへ流れます。人を責める前に、誰が得をする仕組みなのかを見直すべきだ、という管理職への示唆になります。
この章句が説くこと
務本環境誘導仕組み明君潜夫論
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