論語 / 衛霊公篇
子貢問爲仁。子曰:「工欲善其事,必先利其器。居是邦也,事其大夫之賢者,友其士之仁者。」
新字:子貢問為仁。子曰:「工欲善其事,必先利其器。居是邦也,事其大夫之賢者,友其士之仁者。」
書き下し
子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
現代語訳
子貢が仁を行うにはどうすればよいかをお尋ねした。先生がおっしゃった。「職人は自分の仕事をうまくやろうと思えば、必ずまず道具を研いでおく。(同じように)ある国に住むなら、その国の大夫のうちの賢い人に仕え、士のうちの仁のある人を友とすることだ。」
解説
仁の実践を尋ねられて、孔子は環境の選び方を答えた。道具を研ぐという比喩のあとに来るのが、誰に仕え誰と付き合うかである。つまり、人間関係が道具にあたる。自分を磨く前に、周囲を選べという順序になっている。実際的な助言である。意志の力で自分を変えようとするより、環境を変えるほうが確実に効く。優れた上司の下で働けば、基準は自然に上がる。仁のある友といれば、判断の癖が移る。逆に、環境が悪ければ、どれだけ決意しても引き戻される。ただし、選ぶには目が要る。誰が賢明で誰が仁のある人かを見分けられなければ、選びようがない。この助言は、見分ける目を持っていることを前提にしている。だから孔子は、人物評を繰り返し弟子に示したのだろう。
この章句が説くこと
環境人選仁道具子貢
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『新書』保傅鄙諺に曰く、「習わざれば吏と為り、而して己事を視よ」と。又曰く、「前車覆れば後車戒む」と。夫れ殷周の長久なる所以は、其の己事知る可きなり。然れども従う能わざるは、是れ聖智に法らざるなり。秦の亟かに絶えし所以は、其の軌迹見る可きなり。然れども避けざるは、是れ後車又覆るなり。夫れ存亡の反、治乱の機、其の要は是に在り。天下の命、太子に縣かる。太子の善は、蚤く諭教し左右を選ぶに在り。心未だ濫れざるに先ず諭教すれば、則ち化成り易きなり。夫れ道術に開け、義理の指を知るは、則ち教えの功なり。若し其の服習積貫は、則ち左右のみ。夫れ胡越の人、生まれて声を同じくし、嗜慾異ならず、其の長じて俗を成すに及べば、数訳を累ぬるも相通ずる能わず、行いに死すと雖も相為さざる有る者は、則ち教習の然らしむるなり。臣故に曰く、「左右を選び、蚤く諭教するは最も急なり」と。夫れ教え得て左右正しければ、則ち太子正し、太子正しくして天下定まる。書に曰く、「一人慶有れば、兆民之に頼る」と。此れ時務なり。
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論語・里仁篇子曰わく、仁に里(お)るを美と為す。択びて仁に処らずんば、焉んぞ知を得ん。
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『弁名』仁且つ孟子の所謂四端を拡充すとは、論説の言のみ。初めより仁を成すの方を語るに非ざるなり。諸を一星の火、原を燎くに至り、一寸の苗、天に参はるに至るに辟ふ。苟も揠きて之を長ぜしめ、引きて之を伸ばさしめば、則ち火滅し苗槁るるのみ。仮るに風を以て之を鼓し、仮るに雨露を以て之を灌漑して、然る後に以て原を燎き天に参はるの盛んなるに馴致すべきなり。人も亦た是くの若し。礼楽以て之を養ひて、然る後に仁徳を成すなり。知らざる者は則ち礼楽は外物なり、我に在る者に非ずと謂ふ。是れ聖人の教へを信ぜずして、其の私智を以て仁を成さんと欲する者なり。烏んぞ風と雨露と之を外に仮りて其の功是くの若く其れ大なるを知らんや。礼楽の道は、識らず知らず、帝の則に順ふ。猶ほ風雨自づから天之を祐くるがごときか。仁斎と宋儒とは、之を均しくするに不学無術のみ。
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国語・晋語二公子縶退き、公子夷吾を梁に弔うこと、公子重耳を弔うの命の如くす。夷吾冀芮に告げて曰く、「秦人我を勤(たす)く」と。冀芮曰く、「公子之を勉めよ。亡人は狷潔(けんけつ)無し、狷潔なれば行われず。重賂もて徳に配せよ。公子之を尽くせ、財を愛しむこと無かれ。人実に之を有するに、我以て徼倖す、亦可ならずや」と。公子夷吾出でて使者に見え、再拝稽首し、起ちて哭せず、退きて公子縶に私して曰く、「中大夫里克我に与(くみ)せり。吾之に命ずるに汾陽(ふんよう)の田百万を以てす。丕鄭我に与せり。吾之に命ずるに負蔡(ふさい)の田七十万を以てす。君苟も我を輔けば、天命を蔑(な)みせん。亡人苟も入りて宗廟を掃い、社稷を定めば、亡人何ぞ国をこれ有らん。君実に郡県有り、且つ河外の列城五を入れん。豈に君に有ること無しと謂わんや、亦君の東游して津梁の上に、難急有ること無からしめんが為なり。亡人の懐挟(かいきょう)する所の纓纕(えいじょう)、以て君の塵垢を望む者なり。黄金四十鎰(いつ)、白玉の珩(こう)六双、敢えて公子に当てず、請う之を左右に納れん」と。 公子縶反り、命を穆公に致す。穆公曰く、「吾は公子重耳に与せん。重耳は仁なり。再拝して稽首せざるは、後と為ることに没(むさぼ)らざるなり。起ちて哭するは、其の父を愛するなり。退きて私せざるは、利に没らざるなり」と。公子縶曰く、「君の言過てり。君若し晋君を置きて之を載(な)さんことを求めば、仁を置くこと亦可ならずや。君若し晋君を置きて以て名を天下に成さんことを求めば、則ち不仁を置きて以て其の中を猾(みだ)し、且つ以て進退すべきに如かず。臣之を聞く、曰く、『仁にも置くこと有り、武にも置くこと有り。仁は徳を置き、武は服を置く』と」。是の故に先ず公子夷吾を置く、寔(これ)を恵公と為す。
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『五常訓』巻之二・仁之上故に恕はつとめて仁にいたる道なり。熟するは仁なり。生しきは恕なり。自然にかなふは仁なり。つとめて理にかなふは恕なり。私なくして公なれば仁なり。仁なれば愛す。子貢の、孔子に、一言にして身ををはるまで行ふべき者ありやと問はれしに、孔子曰、其恕乎、おのれが欲せざる所を、人に施すことなかれと答へ給へり。一言とは一字也。恕の一字は、仁にいたる道なり。是一生の間、守り行ふべき道なり。
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論語・雍也篇子貢曰く、「如し博く民に施して能く衆を済うこと有らば、何如。仁と謂う可きか。」子曰く、「何ぞ仁を事とせん、必ずや聖か。堯舜も其れ猶お諸を病めり。夫れ仁者は、己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く譬を取る、仁の方と謂う可きのみ。」