潜夫論 / 遏利
世人之論也,靡不貴廉讓而賤財利焉。及其行也,多釋廉甘利之於人,徒知彼之可以利我也,而不知我之得彼,亦將為利人也。知脂蠟之可明燈也,而不知其甚多則冥之。知利之可娛己也,不知其稱而必有也。前人以病,後人以競,庶民之愚,而衰暗之至也。予故歎曰:「何不察也!」願鑒於道,勿鑒於水。象以齒焚身,蚌以珠剖體。匹夫無辜,懷璧其罪。嗚呼問哉!無德而富貴者,固可豫吊也。且夫利物,莫不天之財也。天之制此財也,猶國君之有府庫也。賦賞奪與,各有眾寡,民豈得強取多哉?故人有無德而富貴,是凶民之竊官位盜府庫者也。終必覺,覺必誅矣。盜人必誅,況乃盜天乎?得無受禍焉?鄧通死無簪,勝跪伐其身。是故天子不能違天富無功,諸侯不能違帝厚私勸。
新字:世人之論也,靡不貴廉譲而賤財利焉。及其行也,多釈廉甘利之於人,徒知彼之可以利我也,而不知我之得彼,亦将為利人也。知脂蝋之可明灯也,而不知其甚多則冥之。知利之可娯己也,不知其称而必有也。前人以病,後人以競,庶民之愚,而衰暗之至也。予故嘆曰:「何不察也!」願鑒於道,勿鑒於水。象以歯焚身,蚌以珠剖体。匹夫無辜,懐璧其罪。嗚呼問哉!無徳而富貴者,固可予吊也。且夫利物,莫不天之財也。天之制此財也,猶国君之有府庫也。賦賞奪与,各有衆寡,民豈得強取多哉?故人有無徳而富貴,是凶民之窃官位盗府庫者也。終必覚,覚必誅矣。盗人必誅,況乃盗天乎?得無受禍焉?鄧通死無簪,勝跪伐其身。是故天子不能違天富無功,諸侯不能違帝厚私勧。
書き下し
世人の論や、廉譲を貴びて財利を賤しまざるは靡し。其の行うに及びては、多く廉を釈てて利に甘んず。之を人に於いて、徒だ彼の以て我を利すべきを知るのみ、而して我の彼を得るも、亦た将に人を利するを為さんとするを知らず。脂蝋の以て灯を明らかにすべきを知りて、其の甚だ多ければ則ち冥くなるを知らず。利の以て己を娯しましむべきを知りて、其の称うを知らずして必ず有せんとす。前人以て病み、後人以て競う、庶民の愚にして、衰暗の至りなり。予故に歎じて曰く、「何ぞ察せざるや」と。願わくは道に鑑みて、水に鑑みること勿れ。象は歯を以て身を焚かれ、蚌は珠を以て体を剖かる。匹夫は無辜なるも、璧を懐けば其れ罪なり。嗚呼問う哉。徳無くして富貴なる者は、固より予め吊うべきなり。且つ夫れ物を利するは、天の財ならざるは莫し。天の此の財を制するや、猶お国君の府庫有るがごとし。賦賞奪与、各おの衆寡有り、民豈に強いて多くを取るを得んや。故に人に徳無くして富貴なる有るは、是れ凶民の官位を窃み府庫を盗む者なり。終に必ず覚われ、覚われば必ず誅せられん。人を盗めば必ず誅せらる、況んや乃ち天を盗むをや。禍を受くること無きを得んや。鄧通は死して簪無く、勝は跪きて其の身を伐つ。是の故に天子も天に違いて功無きを富ますこと能わず、諸侯も帝に違いて私を厚くし勧むること能わず。
現代語訳
世の人の議論では、廉潔と謙譲を尊び、財利を卑しまない者はいません。ところが実際の行いになると、多くは廉を捨てて利に甘んじます。人に対しては、あの人が自分を利することができるとばかり知って、自分がその人を得ることがその人を利することにもなると知りません。脂や蝋が灯を明るくすると知っても、多すぎれば暗くなると知らず、利が自分を楽しませると知っても、身の丈に合うかを知らずに、必ず手に入れようとします。前の人はそれで病み、後の人はそれで競い合う、庶民の愚かさであり、衰え暗い世の極みです。私はそれで嘆いて言います。「どうして気づかないのか」と。願わくは道に鑑み、水に鑑みるなかれ。象は牙のために身を焼かれ、蚌は珠のために体を割かれます。凡人は無罪でも、璧を抱えれば罪になります。ああ、問いたいものです。徳がないのに富貴な者は、前もって弔っておくべきです。そもそも利を生む物はすべて天の財であり、天がこの財を管理するのは、国君が府庫を持つのと同じです。賦課・賞与・奪取・給与には、それぞれ多い少ないがあり、民が強いて多く取ってよいわけがありません。ですから徳がなくて富貴な者は、悪人が官位を盗み、府庫を盗むのと同じです。最後には必ず露見し、露見すれば必ず誅されます。人を盗めば必ず誅される、まして天を盗むのですからなおさらです。禍を受けないはずがありません。鄧通は死んで簪も無く、勝は跪いて自分の身を誇ったために(身を滅ぼしました)。ですから天子でも、天に背いて功のない者を富ませることはできず、諸侯でも帝に背いて私的な者を厚遇し励ますことはできません。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』遏利古自り今に於ける、上は天子を以てし、下は庶人に止まるまで、利を好みて亡びず、義を好みて彰かならざる者有ること蔑し。昔周の厲王は利を専らにするを好み、芮良夫諫むるも入れられず、退きて《桑柔》の詩を賦して以て諷す。言うこころは是の大風や、必ず将に遂ぐる有らんとす、是の貪民や、必ず将に其の類を敗らんとす、と。王又悟らず、故に遂に彘に流死す。虞公は屢しば求めて以て其の国を失い、公叔戍は賄を崇びて以て罪と為り、柏魋は飲食を節せずして以て弑せらる。此れ皆貨を以て自ら止まり、財を用て自ら滅ぶ。楚の鬥子文は三たび令尹と為りて饑色有り、妻子凍餒して、朝に夕に及ばず。季文子は四君に相たりて、馬に粟を餼わず、妾に帛を衣せず。子罕は玉を帰し、晏子は宅を帰す。此れ皆能く利を棄て身を約す、故に人に怨み無く、世ゝ天禄を厚くし、令問止まず。伯夷・叔齊は首陽に餓え、白駒・介推は山谷に遁逃し、顔・原・公析は郊野に困饉す。志を守ること篤固、節を秉りて虧けず。寵禄も固くする能わず、威勢も移す能わず。南面の尊、公侯の位有りと雖も、徳義に殆うき有らば、礼義班らず。志を撓むること芷の如く、心に負くこと芬の若きは、固より為さざるなり。是の故に四海の主有りと雖も、之と名を方ぶる能わず、列国の君も、之と重きを鈞しくする能わず。志を一廬の内に守りて、義は九州の外に溢れ、信は千載の上に立ちて、名は百世の際に伝わる。
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『潜夫論』遏利帝に違うに非ず、天に違うに非ず、帝は天を以て制と為し、天は民を以て心と為す、民の欲する所は、天必ず之に従う。是の故に民に功庸無くして盈つるを求むる者は、未だ嘗て力顛せずんばあらず。民に勳徳有りて謙損する者は、未だ嘗て光栄ならずんばあらず。
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『潜夫論』忠貴世に盛んなる莫き福有り、又痛ましき莫き禍有り。高き莫きの位に処る者は、以て大なる莫きの功無かるべからず。亢龍の極貴を窃むは、未だ嘗て破亡せずんばあらず。天地の大功を成す者は、未だ嘗て蕃昌せずんばあらず。帝王の尊敬する所、天の甚だ愛する所の者は民なり。今、人臣は君の重位を受け、天の甚だ愛する所を牧す。焉んぞ以て安んじて之を利し、養いて之を済わざるべけんや。是を以て君子は職に任ずれば則ち民を利するを思い、上に達すれば則ち賢を進むるを思う。功孰れか大ならん。故に上に居りて下重んぜざるなり。前に在りて後始まらざるなり。《書》に「天工は人其れ之に代わる」と称す。王者は天に法りて官を建つ。公卿より以下、小司に至るまで、輒ち天官に非ざるは非ず。是の故に明主は敢えて私愛を以てせず、忠臣は敢えて誣能を以てせず。夫れ人の財を窃むは、猶お之を盗と謂う。況んや天官を偸みて以て己に私するをや。罪を以て人を犯せば必ず誅罰を加う。況んや乃ち天を犯して咎無きを得んや。五代に侯を建て、国を開き家を成し、嗣を百世に伝え、歴載千を数えしは、皆な能く天官に当たり、功を百姓に加うるを以てなり。
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『潜夫論』忠貴五代の臣は、道を以て君に事え、仁を以て世を撫し、沢は草木に及び、内外を兼ね利し、普天率土、徳を被らざる莫し。其の安全する所は、直に天工なり。是を以て福祚流衍し、本枝百世なり。季世の臣は、天に順うを思わずして、時主に是れ諛う。敵を破る者を謂いて忠と為し、多く殺す者を賢と為す。白起・蒙恬は、秦は以て功と為すも、天は以て賊と為す。息夫・董賢は、主は以て忠と為すも、天は以て盗と為す。此等の儔は、時君に貴ばると雖も、然れども上は天心に順わず、下は民意を得ず、故に卒に泣血号咷して以て辱めに終わる。《易》に曰く、「徳薄くして位尊く、智小にして謀大に、力少なくして任重きは、及ばざること鮮し」と。是の故に徳其の任に称わざれば、其の禍は必ず酷く、能其の位に称わざれば、其の殃は必ず大なり。且つ夫れ位を窃むの人は、天其の鑑を奪い、神其の心を惑わす。是の故に貧賤の時、鑑明の資、仁義の志有りと雖も、一旦富貴なれば、則ち親に背き旧を損じ、其の本心を喪い、皆な骨肉を疏んじて便辟に親しみ、知友を薄くして狗馬を厚くし、財貨は仆妾に満ち、禄賜は猾奴に尽く。寧ろ朽貫の千万を見るも、人に一銭を賜うに忍びず。寧ろ粟を積みて倉に腐らすも、人に一斗を貸すに忍びず。人多く驕肆し、債を負いて償わず、骨肉は家に怨望し、細民は道に謗皞す。前人以て敗るるに、後争いて之に襲う。誠に傷むべきなり。
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『潜夫論』忠貴夫れ鳥は山を以て卑しと為して其の上に槽巢し、魚は淵を以て浅しと為して其の中に穿穴す。卒に之を得る所以の者は、餌なり。貴戚は家の吉ならざるを懼れて諸もろの令名を聚め、門の堅からざるを懼れて為に鉄の枢を作る。卒に其の以て敗るる者は、禁忌の少なく、門枢の朽つるに苦しむに非ず。常に財貨を崇び驕僭を行い、百姓を虐げて民心を失うに苦しむのみ。孔子曰く、「位無きを患えず、己の立たざるを患う」と。是の故に人臣は礼法を奉遵し、精を竭くして職を思い、誠を推して君を輔け、功を百姓に効し、下は自ら民氓に附き、上は天心に承順するをせずして、乃ち其の私知に任せ、君の威徳を窃み、以て下民を陵ぎ、天地に反戻し、神明を欺誣し、偸み進み苟くも得て、以て自ら奉ずること厚からんと欲す。累卵の危うきに居りて泰山の安きを図り、朝露の行いを為して世を伝うるの功を思う。譬えば猶お始皇の徳を舎てて刑に任じ、一を計りて以て万に至らんと欲するがごとし。豈に惑わずや。
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『潜夫論』務本夫れ本末消息の争いは、皆君に在り、下民の能く移す所に非ざるなり。夫れ民は固より君の好みに随い、利に従いて以て生くる者なり。故に君子曰く、財賄多からず、衣食贍らず、声色妙ならず、威勢行われざるは、君子の憂いに非ず。善を行うこと多からず、道を申ぶること明らかならず、節志立たず、徳義彰かならざるは、君子恥ず、と。是を以て賢人智士の子孫に於けるや、之を曆するに志を以てして厲むるに詐を以てせず、之を勧むるに正を以てして勧むるに詐を以てせず、之に示すに倹を以てして示すに奢を以てせず、之に貽すに言を以てして貽すに財を以てせず。是の故に董仲舒は終身家事を問わず、而して疏広は賜金を遺さず。子孫若し賢なれば、多く富むを待たず。若し其れ賢ならざれば、則ち多きは以て怨みを征く。故に曰く、徳無くして賄豊かなるは、禍の胎なり、と。昔曹羈に言有り、「天の聚を守るは、必ず其の徳義を施せ」と。徳義施さざれば、聚は必ず闕くる有り。今或いは家賑わいて之を貸し、貧窮に遺賑し、矜疾の苦を恤れめば、則ち必ず久しく富に居らず。易に曰く、「天道は盈つるを虧きて謙なるを衝す」と。故に仁以て義もて彼に費やす者は、天之を此に賞す。邪を以て前に取る者は、之を後に衰えしむ。是を以て盈を持するの道は、挹みて之を損せば、則ち亢龍の悔、乾坤の愆を免るるべからず。
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