潜夫論 / 讚學
孔子曰:「吾嘗終日不食,終夜不寢,以思無益,不如學也。」「耕也,餒在其中;學也,祿在其中矣。君子憂道不憂貧。」箕子陳六極,《國風》歌《北門》,故所謂不憂貧也。豈好貧而弗之憂邪?蓋志有所專,昭其重也。是故君子之求豐厚也,非為嘉饌、美服、淫樂、聲色也,乃將以底其道而邁其德也。
新字:孔子曰:「吾嘗終日不食,終夜不寝,以思無益,不如学也。」「耕也,餒在其中;学也,禄在其中矣。君子憂道不憂貧。」箕子陳六極,《国風》歌《北門》,故所謂不憂貧也。豈好貧而弗之憂邪?蓋志有所専,昭其重也。是故君子之求豊厚也,非為嘉饌、美服、淫楽、声色也,乃将以底其道而邁其徳也。
書き下し
孔子曰く、「吾嘗て終日食らわず、終夜寝ねず、以て思うも益無し。学ぶに如かざるなり」と。「耕すや、餒え其の中に在り。学ぶや、禄其の中に在り。君子は道を憂えて貧を憂えず」と。箕子は六極を陳べ、《国風》は《北門》を歌う。故に所謂貧を憂えざるなり。豈に貧を好みて之を憂えざらんや。蓋し志の専らとする所有りて、其の重きを昭らかにするなり。是の故に君子の豊厚を求むるや、嘉饌・美服・淫楽・声色の為に非ざるなり、乃ち将に以て其の道を底し其の徳を邁めんとするなり。
現代語訳
孔子は言いました。「私はかつて一日中食べず、一晩中眠らずに考えたが、得るものはなかった。学ぶことには及ばない」と。また「耕しても飢えはその中にある。学べば俸禄はその中にある。君子は道を心配しても貧しさは心配しない」とも言いました。箕子は《洪範》で六つの極を述べ、《国風》は《北門》の詩を歌いました。ですから、いわゆる貧しさを憂えないというのは、貧しさを好んで心配しないということではありません。志が専ら向かうところがあり、その重さを際立たせているのです。したがって君子が豊かさを求めるのは、ごちそうや美しい衣服、度を越した音楽や色事のためではなく、自分の道を成し遂げ、徳を進めるためなのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻三次でに示して云く、学道の人は先須く貧なるべし、財おほければ必ず其志を失ふ、在家学道のもの、猶ほ財宝にまとはり、居処をむさぼり、眷属に交はれば、設ひ其の志しありと云へとも、障道の因縁多し、古来俗人の参学する多けれども、其の中によしと云ふも猶を僧には及ばす、僧は三衣一鉢の外は財宝をもたず、居処を思はず、衣食を貪らざる間だ、一向に学道すれば分分に皆得益あるなり、其のゆへは貧なるが道に親きなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻六大宋国の叢林には、末代なりといへども、学道の人千万人ある中に、或は遠方より来り、或は郷土より出たるも有り、いづれも多分は貧なり、しかあれどもいまだ貧をうれへとせず、只悟道の未だしきことをのみ愁へて、或は楼上或は閣下に坐して、考妣に喪するが如くにして、一向に仏道を修するなり、
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『大和俗訓』巻之二・為学下一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一学問はまづ志を立つるを以て本とす。志とは心のゆく所なり。道を知り行ひて、君子に至らんと思ふ心常におこたりなく、念々やまざるを、志を立つると云ふ。志たたざれば学ぶこと成就せず。故に古人も、志ある者は其事つひになるといひ、又志たつは学の半なりといへり。たとへば弓いる者の、的に志し、道ゆく者の、宿に志すが如し。よろづの事、まづ本をつとむべし。志を立つるは学問の本なり。志を立つるには勇猛なるべし。柔弱にして怠るべからず。おこたれば験なくしてはかゆかず。道を求むるにせちなる志は、たとへば飢ゑて食を求め、渇きて湯水を求むるが如くなるべしわづかに悠々としておこたれば、志すたる。唯此道に心を一すぢにすべし。
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『墨子』親士昔者、文公は出で走りて天下を正し、桓公は國を去りて諸侯に霸たり、越王句踐は吳王の仇に遜りて、尚お中國の賢君を攝す。三子の能く名を達し功を天下に成せるや、皆な其の國に於て抑えられ、而して大いに醜ずかしめられたればなり。太上は敗るること無く、其の次は敗れて以て成すこと有り、此れを之れ民を用うと謂う。吾れ之を聞けらく、「安居無きに非ざるなり、我に安心無きなり。足財無きに非ざるなり、我に足心無きなり」と。是の故に君子は自らを難んじて彼を易んじ、衆人は自らを易んじて彼を難んず。君子は進んで其の志を敗らず、内に其の情を究め、庸民に雜わると雖も、終に怨心無し。彼れ自ら信ずる者有ればなり。
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『弁名』君子小人小人も亦た民の称なり。民の務むる所は生を営むに在り。故に其の志す所は一己を成すに在りて、民を安んずるの心無し。是れ之を小人と謂ふ。其の志す所小なるが故なり。上位に在りと雖も、其の心を操ること此の如くんば、亦た之を小人と謂ふ。経伝の言ふ所、或は位を主として之を言ひ、或は徳を主として之を言ふ。指す所同じからずと雖も、其の小人と称する所以の意は、皆此を出でず。後世の諸老先生の道と為す所は、皆淑身の説勝ちて、民を安んずるの心無し。亦た小人の帰か。学者諸を察せよ。
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