千字文 / 『千字文』祭祀と日々の勤めと取り締まり
嫡後嗣續 祭祀烝嘗 稽顙再拜 悚懼恐惶 牋牒簡要 顧答審詳 骸垢想浴 執熱願涼 驢騾犢特 駭躍超驤 誅斬賊盜 捕獲叛亡
新字:嫡後嗣続 祭祀烝嘗 稽顙再拝 悚懼恐惶 牋牒簡要 顧答審詳 骸垢想浴 執熱願涼 驢騾犢特 駭躍超驤 誅斬賊盗 捕獲叛亡
書き下し
嫡後は嗣ぎ続ぎ 祭祀は烝嘗す 顙を稽め再拝し 悚懼して恐惶す 牋牒は簡要にし 顧答は審詳にす 骸垢れては浴を想い 熱を執りては涼を願う 驢騾犢特は 駭き躍りて超驤す 賊盗を誅斬し 叛亡を捕獲す
現代語訳
正妻の子が家を継ぎ、祖先の祭祀では冬と秋の供え物をします。 額を地につけて再び拝み、畏れ慎んでかしこまります。 手紙や文書は簡潔で要を得たものにし、問いに答えるときは詳しく丁寧にします。 身体が垢で汚れれば入浴を思い、熱いものに触れれば涼しさを願います。 ろば・らば・子牛・牡牛は驚いて飛び跳ね、駆け回ります。 賊や盗人は斬り罰し、反逆者や逃亡者は捕らえます。
解説
家の継承と祖先の祭祀、礼の作法、文書の書き方、そして取り締まりまで、雑多に見える項目が並ぶ段です。冒頭の嫡子による継承は、成立当時の家制度に基づく見方ですので、現代にそのまま当てはめず、祖先を敬う習慣として読みます。「牋牒簡要、顧答審詳」は、書くものは簡潔に、答えるときは詳しくという対比で、今日の報告書やメールにも通じます。垢を落としたい、熱を避けたいという句は、自然な欲求に従って行動するという素朴な感覚です。祭祀から取り締まりまで、規律と作法が秩序を支えるという流れが読み取れます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
嫡後嗣続祭祀稽顙再拝牋牒簡要顧答審詳誅斬賊盗
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『新論』長計(精気は物と為り、游魂は変を為す。故に其の昭明焄蒿悽愴なる者は、祭祀有りて以て之を安んずるに非ざる自りは、則ち死者、憑る有ること能はず。死者をして憑る無からしむれば、則ち生者の心に於ても、亦歉然たること無きこと能はず。衆人の如きは、自ら其の然る所以を知らずと雖も、而も冥冥に憾み有る者は、人情の免るる能はざる所なり。且つ生者も亦其の死の安んずる所無きを以て、内に恃みて以て自ら強むる無ければ、則ち身後の説に惑ふこと無き能はざるなり。故に祭祀有る者は、以て之を安んずるなり。父祖の子孫に与けるは、固より同一の気、父祖は即ち其の前身、子孫は即ち其の後身なれば、則ち其の游魂なる者、子孫を去りて奚くにか往かんや。故に子孫を以て父祖を祭れば、感応せざる莫くして、昭明焄蒿悽愴なる者、頼りて以て安んず。天は昭昭の多きなり。而して人天地の間に在り、天地の気常に全身に潜行して、以て生活するなり。故に人の天地に与けるも、亦同一の気にして、其の元気固より天地と通ず。人を以て天地を祭れば、亦感応せざる莫くして、昭昭の多き者、頼りて以て著る。是を以て聖人天に事へ先を祀りて、幽明憾み無くして、天下服す。後世慮深遠ならず、天に事へ先を祀るの事、視て以て文具と為し、民生まれて畏敬する所無く、亦死の憑依する所有るを知らずして、疑懼の心生ず。疑懼生じて民心主無く、是に於て西夷陰禍冥福を以て之を怵れしむるを得。是れ所謂自ら侮りて後に人之を侮る者なり。)
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『新論』國體上舜終を受くれば則ち類禋望徧し、巡狩すれば則ち柴望し、帰れば則ち芸祖に特を用ふ。謨を陳ぶれば則ち曰く、「祖考来格す」と。水土を治むれば則ち九山刊旅す。盤庚の都を遷すには則ち曰く、「大いに先王に享す、爾の祖其れ従ひて与に享く」と。紂を諫むるには則ち曰く、「天胤の典祀」と。(旧胤を以て句と為す、今改めて祀を以て句と為す。)微子は則ち曰く、「神祇の犠牲を攘竊す」と。紂を伐つには則ち曰く、「祭は益無しと謂ふ」と、曰く「肆祀を昏棄して答へず」と。洪範には則ち曰く、「三に曰く祀」と。自ら禱るには則ち曰く、「能く鬼神に事ふ」と。康叔に誥ぐるには則ち曰く、「祀に茲の酒」と。新邑を営むには則ち牲を郊社に用ゐ、殷礼を称し、功宗を記し、文武に禋蒸す。多士に告ぐるには則ち曰く、「徳を明かにし祀を恤ふ」と。召公に告ぐるには則ち曰く、「殷礼陟りて天に配す」と。多方に告ぐるには則ち曰く、「寅んで祀を念ふ」と、曰く「神天を典る」と。顧命には則ち之を廟に受く。尚書の篇篇、祀を慎む所以に非ざるは無きこと是くの如きなり。
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『都鄙問答』卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段又問、或人云、子曰、其の鬼に非ずして之を祭るは諂ひなりと、祭べからずとのたまふ。我朝には、土地の神、又太神宮といへども、御恩の為に、五穀の出来、初穂や或は神楽などを捧奉ることなれば、兎角唐土とは違有と云り。然るに汝、神は一列の如くに云へるは、如何なることぞ。
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『新論』國體上昔者、天祖肇めて鴻基を建て、位は即ち天位、徳は即ち天徳、以て天業を経綸し、細大の事、一として天に非ざる者無し。徳を玉に比し、明を鏡に比し、威を剣に比し、天の仁を体し、天の明に則り、天の威を奮ひ、以て万邦を照す。天下を以て皇孫に伝ふるに迨び、手づから三器を授けて、以て天位の信と為し、以て天徳に象り、而して天工に代り天職を治めしめ、然る後之を千万世に伝ふ。天胤の尊、厳乎として其れ犯すべからず、君臣の分定まりて、大義以て明かなり。天祖の神器を伝ふるや、特に宝鏡を執りて祝して曰く、「此を視ること猶ほ吾を視るがごとくせよ」と。而して万世奉祀して、以て天祖の神と為す。聖子神孫、宝鏡を仰ぎて影を其の中に見る。見る所の者は即ち天祖の遺体にして、視ること猶ほ天祖を視るがごとし。是に於てか盥薦の間、神人相感じて、以て已むべからず。則ち其の追遠申孝、敬身修徳、亦豈已むを得んや。父子の親敦くして、至恩以て隆し。
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『新論』國體上御禊は潔を致す所以なり。天皇徒跣して警蹕せざるは、敬の至りなり。日蔭鬘・帛御衣は、至敬にして文無きなり。天祖位を伝ふるの日に当り、天児屋をして帝命を出納せしめ、天太玉をして百事に供奉せしむ。児屋の後を中臣氏と為し、太玉の後を斎部氏と為す。故に祭の日、中臣は天神の寿詞を奏し、斎部は神璽の鏡剣を奉る。累世奕葉、必ず当初の儀に仍る。猶ほ新たに命を天祖に受くるがごときなり。(天祖、児屋・太玉等五部の神をして皇孫に侍せしめ、神籬を建て、以て皇孫を護衛すること、猶ほ天上の儀のごとし。神武帝天下を平らぐるや、亦神籬を建て、児屋の孫種子・太玉の孫天富をして、鏡剣を奉じ幣帛を陳ねしむ。而して歴世遵奉する所、是の儀に非ざるは莫し。崇神帝の天祖を笠縫に祭るに及び、石凝姥嘗て天祖に事へて鏡を鋳、目一箇作金者と為りしを以て、故に斎部に命じ、二氏の後を率ゐて、鏡剣を摸造し、以て殿内に奉安せしむ。即ち践祚の日に斎部の奉る所の物是れなり。其の永く旧物を存し、敢へて失墜せざること是くの如し。)
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『新論』長計大物主・倭国魂を祭り、土人の敬ふ所に因りて其の祀を尊秩し、而して畿甸の民心繋属する所有りて、以て同じく朝廷を奉ず。(大物主神は始め国土を平らぐるに功有り、民之を尊奉す。故に其の孫を挙げて祭を主らしむ。而して民は朝廷の民心を以て心と為すを知り、望みを朝廷に属す。而して其の之を祭るの義は、則ち周人の所謂大社なる者と相似たる有り。礼記に云ふ、王群姓の為に社を立つるを大社と曰ふと、是なり。社は土地の神を祭りて、功有る者配す。即ち共工氏に子有り句龍と曰ひ、后土と為る、后土を社と為す、是なり。倭国魂なる者は、蓋し大和の地を鎮むる者なり。当時大和に都す、故に特に其の神を祭る。其の義は周人の所謂王社なる者とも、亦頗る相似たり。礼記に云ふ、王自ら社を立つるを王社と曰ふと、是なり。土地は民の依る所、土地の神は民の敬ふ所、而して天皇首めに之を祭れば、則ち民心統属する所有り。是れ其の一に帰する所以なり。)