千字文 / 『千字文』農を本とし中庸を保つ
治本於農 務茲稼穡 俶載南畝 我藝黍稷 稅熟貢新 勸賞黜陟 孟軻敦素 史魚秉直 庶幾中庸 勞謙謹敕 聆音察理 鑑貌辨色 貽厥嘉猷 勉其祗植 省躬譏誡 寵增抗極 殆辱近恥 林皋幸即 兩疏見機 解組誰逼
新字:治本於農 務茲稼穡 俶載南畝 我芸黍稷 税熟貢新 勧賞黜陟 孟軻敦素 史魚秉直 庶幾中庸 労謙謹勅 聆音察理 鑑貌弁色 貽厥嘉猷 勉其祗植 省躬譏誡 寵增抗極 殆辱近恥 林皋幸即 両疏見機 解組誰逼
書き下し
治は農に本づき 茲の稼穡に務む 俶めて南畝に載き 我は黍稷を藝う 税は熟し新を貢ぎ 勧賞黜陟す 孟軻は素を敦くし 史魚は直を秉る 庶幾くは中庸 労謙して謹敕せよ 音を聆きて理を察し 貌を鑑て色を弁ず 厥の嘉猷を貽し 其の祗植を勉む 躬を省み譏誡し 寵増せば抗極す 殆うければ辱め恥に近し 林皋に幸に即く 両疏は機を見て 組を解く誰か逼らん
現代語訳
政治は農業を根本とし、種まきと取り入れに励みます。 春の初めに南の畑で働き始め、私たちは黍や稷を植えます。 作物が実れば税として新穀を納め、功を励まして賞し、能のない者を退けて抜擢します。 孟子は素朴な人柄を厚くし、史魚は正直さを守りました。 中庸に近づきたいものです。骨を折ってもへりくだり、慎んで戒めなさい。 相手の声を聞いて道理を察し、顔かたちを見て顔色を読み取ります。 立派な計画を子孫に遺し、敬しんで人を育てることに励みなさい。 自分を省みて戒め、寵愛が増えれば高ぶりが極まることを警戒しなさい。 危うければ辱めや恥に近づくので、林や沢辺の暮らしに身を寄せるのがよいでしょう。 疏広と疏受の二人は兆しを見て、官の印綬を解いて去りましたが、誰がそれを強いたでしょうか。
解説

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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、其所にはぬかりなく、小者や男どもには心づけを致し、堅く口を閉ぢおき候ゆへ、家内には露塵存じ申さず候。答ふ、小者下男まで、口を閉ぢて置くゆへ、家内には少しも知らずと思へるは、甚だ愚かなり。汝が悪事は、我よりいはざる先に、天下に明らかなり。中庸に、隠れたるより見はるるは莫しと説き玉へり。未だ形はれずといへども、幾は已に動く。動けばこれ明らかなり。人は知らずと思ふとも、汝が心に、悪事と知る。しるゆへに口をとづ。悪事と知らば、なんぞ速かに止めざる。子曰く、義を見て為さざるは勇無きなりと。其上小者、悪所金のつかひやうを見覚え、又偽りを聞き習ひ、成人の上へ、汝の教へし通りを守り、金銀を盗みつかうて、引負する手代ばかりに成るべし。これ我導きに依りて、人を害ふものなれば、
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