都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
曰、其所ニハヌカリナク、小者ヤ男ドモニハ心ヅケヲ致シ、堅ク口ヲ閉ヲキ候ユヘ、家內ニハ露塵存申サズ候、答、小者下男マデ、口ヲ閉テ置ユヘ、家内ニハ少シモ知ラズト思ヘルハ、甚愚ナリ、汝ガ惡事ハ、我ヨリイハザル先ニ、天下ニ明ナリ、中庸ニ、莫見乎隱ト說玉ヘリ、未形トイヘドモ、幾ハ已ニ動ク、動ケバコレ明ナリ、人ハ知ラズト思フトモ、汝ガ心ニ、惡事ト知、シルユヘニ口ヲトヅ、惡事ト知ラバ、ナンゾ速ニ止ザル、子曰、見義不爲無勇也ト、其上小者、惡所金ノツカヒヤウヲ見覺ヘ、又僞ヲ聞習ヒ、成人ノ上ヘ、汝ノ敎シ通リヲ守リ、金銀ヲ盜ツカフテ、引負スル手代バカリニ成ベシ、コレ我導キニ依テ、人ヲ害フモノナレバ、
新字:曰、其所ニハヌカリナク、小者ヤ男ドモニハ心ヅケヲ致シ、堅ク口ヲ閉ヲキ候ユヘ、家内ニハ露塵存申サズ候、答、小者下男マデ、口ヲ閉テ置ユヘ、家内ニハ少シモ知ラズト思ヘルハ、甚愚ナリ、汝ガ悪事ハ、我ヨリイハザル先ニ、天下ニ明ナリ、中庸ニ、莫見乎隠ト説玉ヘリ、未形トイヘドモ、幾ハ已ニ動ク、動ケバコレ明ナリ、人ハ知ラズト思フトモ、汝ガ心ニ、悪事ト知、シルユヘニ口ヲトヅ、悪事ト知ラバ、ナンゾ速ニ止ザル、子曰、見義不為無勇也ト、其上小者、悪所金ノツカヒヤウヲ見覚ヘ、又偽ヲ聞習ヒ、成人ノ上ヘ、汝ノ教シ通リヲ守リ、金銀ヲ盗ツカフテ、引負スル手代バカリニ成ベシ、コレ我導キニ依テ、人ヲ害フモノナレバ、
書き下し
曰く、其所にはぬかりなく、小者や男どもには心づけを致し、堅く口を閉ぢおき候ゆへ、家内には露塵存じ申さず候。答ふ、小者下男まで、口を閉ぢて置くゆへ、家内には少しも知らずと思へるは、甚だ愚かなり。汝が悪事は、我よりいはざる先に、天下に明らかなり。中庸に、隠れたるより見はるるは莫しと説き玉へり。未だ形はれずといへども、幾は已に動く。動けばこれ明らかなり。人は知らずと思ふとも、汝が心に、悪事と知る。しるゆへに口をとづ。悪事と知らば、なんぞ速かに止めざる。子曰く、義を見て為さざるは勇無きなりと。其上小者、悪所金のつかひやうを見覚え、又偽りを聞き習ひ、成人の上へ、汝の教へし通りを守り、金銀を盗みつかうて、引負する手代ばかりに成るべし。これ我導きに依りて、人を害ふものなれば、
現代語訳
若旦那「そこは抜かりありません。小者や下男には心付けをやって、固く口止めしてありますので、家の者は少しも知りません。」梅岩「小者や下男まで口止めしてあるから家の者は少しも知らないと思うのは、とても愚かです。あなたの悪事は、自分が言わないうちに天下に明らかなのです。『中庸』に『隠れたるより見はるるは莫し』とあります。まだ形に表れていなくても、兆しはすでに動いており、動けば明らかになります。人は知らないと思っても、あなた自身の心が悪事だと知っている。知っているから口止めするのです。悪事だと知っているなら、なぜすぐにやめないのですか。孔子は『義を見て為さざるは勇無きなり』と言いました。そのうえ、小者は悪所での金の使い方を見覚え、うそを聞き習い、大人になるとあなたの教えたとおりに、店の金を盗んで使い込む手代ばかりになるでしょう。これは自分の導きで人を損なうことですから、
解説

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