家道訓 / 巻之四・用財上
一家ををさめ、財を用ふるに、事ごとに心を用ひて精しくし、こまやかにして疎略なるべからず。おごらずやぶさかならず、過不及なくよき程にすべし。用ひ過すはおごれり、不及なるはやぶさかなり。心あしくして、大やうにおろそかなれば、財の用ひやう過不及にして、或はおごり或はやぶさかなり。與ふべきものを與へず、與ふまじきものに與へ、多く與ふべき者にすくなくし、すくなかるべきに多くするは、事そむきて理にあたらず。是心を用ひず、用ひても精しからざるなり。
新字:一家ををさめ、財を用ふるに、事ごとに心を用ひて精しくし、こまやかにして疎略なるべからず。おごらずやぶさかならず、過不及なくよき程にすべし。用ひ過すはおごれり、不及なるはやぶさかなり。心あしくして、大やうにおろそかなれば、財の用ひやう過不及にして、或はおごり或はやぶさかなり。与ふべきものを与へず、与ふまじきものに与へ、多く与ふべき者にすくなくし、すくなかるべきに多くするは、事そむきて理にあたらず。是心を用ひず、用ひても精しからざるなり。
書き下し
一家ををさめ、財を用ふるに、事ごとに心を用ひて精しくし、こまやかにして疎略なるべからず。おごらずやぶさかならず、過不及なくよき程にすべし。用ひ過すはおごれり、不及なるはやぶさかなり。心あしくして、大やうにおろそかなれば、財の用ひやう過不及にして、或はおごり或はやぶさかなり。与ふべきものを与へず、与ふまじきものに与へ、多く与ふべき者にすくなくし、すくなかるべきに多くするは、事そむきて理にあたらず。是心を用ひず、用ひても精しからざるなり。
現代語訳
家を治め、財を用いるには、事ごとに心を用いて詳しくし、細やかにして粗略であってはいけません。おごらずけちでもなく、過不及なくほどよくすべきです。用いすぎるのはおごりで、足りないのはけちです。心が悪くて、おおまかでおろそかであれば、財の用い方は過不及があって、あるいはおごり、あるいはけちになります。与えるべきものを与えず、与えてはならないものに与え、多く与えるべき者に少なくし、少なくすべきところに多くするのは、事が背いて理に当たりません。これは心を用いず、用いても詳しくないのです。
解説
この章句が説くこと
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