省諐録 / 第51条・第2段
自不能已。警衛守禦之方。亦自不得不嚴。又親觀彼之所長。可以速進我之智巧。是其所以爲多利。如退下田。則人心必弛。守衛必懈矣。而虜舶迅速。難以繫縻。在橫濱與在下田。其爲江戶腹心之患。則閒不能以髮。故吾謂不如以橫濱假之之爲愈也。是天下之大計也。君總士卒在玆。不可以默。上書乞公有獻策可也。望月曰。然。然吾上書不如子之上言。乃命予還江戶。告之於公。有沮者。不果。公許予自爲之。於是竊有所建白。又使門人長岡小林虎上書其主侯。開陳大計。又使之見阿部閣老所親幸。爲論其利害。欲得因時規諫。有所挽回。竝皆不行。小林生以此獲主侯之譴。遂辭歸國。
新字:自不能已。警衛守禦之方。亦自不得不厳。又親観彼之所長。可以速進我之智巧。是其所以為多利。如退下田。則人心必弛。守衛必懈矣。而虜舶迅速。難以繋縻。在横浜与在下田。其為江戸腹心之患。則閒不能以髪。故吾謂不如以横浜仮之之為愈也。是天下之大計也。君総士卒在玆。不可以黙。上書乞公有献策可也。望月曰。然。然吾上書不如子之上言。乃命予還江戸。告之於公。有沮者。不果。公許予自為之。於是窃有所建白。又使門人長岡小林虎上書其主侯。開陳大計。又使之見阿部閣老所親幸。為論其利害。欲得因時規諫。有所挽回。並皆不行。小林生以此獲主侯之譴。遂辞帰国。
書き下し
自ら已む能はず。警衛守禦の方も、亦た自ら厳ならざるを得ず。又親しく彼の長ずる所を観て、以て我が智巧を速進すべし。是れ其の多利たる所以なり。如し下田に退かば、人心必ず弛み、守衛必ず懈らん。而して虜舶は迅速にして、繋縻し難し。横浜に在ると下田に在ると、其の江戸腹心の患たること、則ち閒、髪を以てする能はず。故に吾謂へらく、横浜を以て之に仮すを愈れりと為すに如かずと。是れ天下の大計なり。君士卒を総べて茲に在り、以て黙すべからず。上書して公に乞ひ、献策有るべしと。望月曰く、然り。然れども吾が上書は子の上言に如かずと。乃ち予に命じて江戸に還らしめ、之を公に告ぐ。沮む者有りて、果たさず。公、予の自ら之を為すを許す。是に於て竊かに建白する有り。又門人長岡の小林虎をして其の主侯に上書し、大計を開陳せしむ。又之をして阿部閣老の親幸する所に見えしめ、為に其の利害を論じ、時に因りて規諫し、挽回する所有らんと欲す。並びに皆行はれず。小林生此を以て主侯の譴を獲、遂に辞して国に帰る。
現代語訳
(前段の文の続き)おのずと思いは尽きることがなく、警備や守りのやり方も、おのずから厳しくならざるを得ません。また、相手の長所を間近に見て、わが方の知恵と技巧を速やかに進められます。これが利の多いゆえんです。もし下田に退けば、人心は必ず緩み、守りは必ず怠るでしょう。そして虜の船は素早く、つなぎとめにくいものです。横浜にいても下田にいても、江戸の腹心の患いとなることには、髪の毛一本ほどの違いもありません。ですから私は、横浜を貸すほうがまだ良いと考えます。これは天下の大計です。あなたは士卒を率いてここにおられ、黙っていてはなりません。上書して殿に願い、献策なさるべきです、と言いました。望月は、そのとおりだ。しかし私の上書は、あなたの上言には及ばない、と言い、私に命じて江戸に戻らせ、殿に告げさせました。しかし妨げる者がいて、果たせませんでした。殿は、私が自ら行うことを許されました。そこで、ひそかに建白しました。また門人の長岡の小林虎に、その主君へ上書させて大計を述べさせ、さらに阿部閣老が親しく用いる人に会わせて、利害を論じ、機会に応じて諫め、挽回することを図りました。しかし、どれも行われませんでした。小林生はこのことで主君の叱責を受け、ついに辞して国に帰りました。
解説
この章句が説くこと
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