省諐録 / 第51条・第1段
二月廿日夜。聞下田議略定。翌朝早起。詣望月曰。下田本邦要地。其形勢可比全世界之喜望峯。夷虜儌之。屯駐以爲巢穴。其害不可言。且大城在江戶。而人口衆多。米穀布帛。皆資海運。不幸有警。海路格塞。江戶首受其禍。伊豆之爲州。天城之險。隔絶其中。而下田在其南端。一旦變起。陸路出兵。礟隊爲嶮所沮。不可以行。海路則我無堅艦。他日縱得造作。虜有海陸之形勝。而我反喪之。主客易位。攻守殊勢。非計也。夫善制事者。常令其利在我。其害在彼。今不得已。而假敵人地。宜爲他日計。擇海陸得進兵之處。竊覽橫濱之地勢。甚稱之。且使虜舶常在此。去江戶甚邇。則人人嘗膽坐薪之念。
新字:二月廿日夜。聞下田議略定。翌朝早起。詣望月曰。下田本邦要地。其形勢可比全世界之喜望峯。夷虜儌之。屯駐以為巣穴。其害不可言。且大城在江戸。而人口衆多。米穀布帛。皆資海運。不幸有警。海路格塞。江戸首受其禍。伊豆之為州。天城之険。隔絶其中。而下田在其南端。一旦変起。陸路出兵。礟隊為嶮所沮。不可以行。海路則我無堅艦。他日縦得造作。虜有海陸之形勝。而我反喪之。主客易位。攻守殊勢。非計也。夫善制事者。常令其利在我。其害在彼。今不得已。而仮敵人地。宜為他日計。択海陸得進兵之処。窃覧横浜之地勢。甚称之。且使虜舶常在此。去江戸甚邇。則人人嘗胆坐薪之念。
書き下し
二月廿日の夜、下田の議略ぼ定まると聞く。翌朝早く起き、望月に詣りて曰く、下田は本邦の要地、其の形勢は全世界の喜望峯に比すべし。夷虜徼りて、屯駐して以て巣穴と為さば、其の害言ふべからず。且つ大城は江戸に在りて、人口衆多、米穀布帛、皆海運に資る。不幸にして警有らば、海路格塞し、江戸首に其の禍を受けん。伊豆の州為る、天城の険、其の中に隔絶し、而して下田は其の南端に在り。一旦変起こらば、陸路兵を出すも、礟隊は嶮に沮まれて以て行くべからず。海路は則ち我に堅艦無し。他日縦ひ造作を得るも、虜は海陸の形勝を有ちて、我は反って之を喪ひ、主客位を易へ、攻守勢を殊にす。計に非ざるなり。夫れ善く事を制する者は、常に其の利をして我に在らしめ、其の害をして彼に在らしむ。今已むを得ずして、敵人に地を仮す。宜しく他日の為に計り、海陸進兵を得るの処を択ぶべし。竊かに横浜の地勢を覧るに、甚だ之に称ふ。且つ虜舶をして常に此に在らしめば、江戸を去ること甚だ邇く、則ち人人嘗胆坐薪の念、
現代語訳
二月二十日の夜、下田のことについての議がほぼ決まったと聞きました。翌朝早く起き、望月のもとを訪ねて言いました。下田はわが国の要地で、その形勢は全世界の喜望峯に比べられます。夷虜が機をうかがい、駐屯してそこを巣穴にすれば、その害は言い尽くせません。そのうえ大城は江戸にあって人口が多く、米穀や布帛はみな海運に頼っています。不幸にして警急があれば、海路が閉ざされ、江戸がまっ先にその禍を受けるでしょう。伊豆の国は、天城の険がその中を隔てており、下田はその南端にあります。ひとたび異変が起きれば、陸路から兵を出しても、砲隊は険しい地に阻まれて進めません。海路は、わが方に堅固な艦がありません。将来たとえ造れたとしても、虜は海と陸の有利な地勢を持ち、わが方は逆にそれを失い、主客の位置が入れ替わり、攻守の勢いが変わってしまいます。これは良い計ではありません。そもそも物事をうまく制する者は、常にその利をこちらに置き、その害を相手に置かせます。いま、やむを得ず敵に土地を貸すのです。将来のために計り、海からも陸からも兵を進められる場所を選ぶべきです。ひそかに横浜の地勢を見ると、これに大変かなっています。しかも虜の船を常にここに置けば、江戸からの距離がたいへん近く、人々の嘗胆坐薪の思いが、
解説
この章句が説くこと
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孫子・虚実篇孫子曰く、戦いを善くする者は、人を致して人に致されず。
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李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、先ず測る可からざるを為せば、則ち敵は其の之く所に乖く。
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尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
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尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
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