尚書 / 五子之歌
予臨兆民,懍乎若朽索之馭六馬。為人上者,柰何不敬
書き下し
予、兆民に臨むこと、懍乎(りんこ)として朽索(きゅうさく)の六馬を馭(ぎょ)するが若(ごと)し。人の上と為る者、柰何(いかん)ぞ敬せざらんや。
現代語訳
私が万民の上に立つことは、朽ちた縄で六頭立ての馬を御するように恐れ慎むべきことだ。人の上に立つ者が、どうして敬い慎まずにいられようか。
解説
六頭の馬を朽ちた縄で操るという喩えは、力に見合わない不安定さを鮮やかに描き出している。人の上に立つということは、常にその危うさへの緊張感を伴うべきだという教えである。これは大きな組織のトップに限らず、誰かを預かる立場、誰かに頼られる立場すべてに当てはまる。慣れて緊張が緩んだときこそ、手綱は切れやすい。自分の力を過信せず、綱の細さを忘れないことが、任される者の礼儀といえる。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
戦戦兢々責任緊張感
関連する章句
-
『驢鞍橋』卷下或人語て曰く、この前、師と同道して道を行くに、折節路次悪くすへる処有りければ、師の曰く、すへり道は気ぬけす好き物也。其方達を常住すへり道に立て置き度と也。
-
『驢鞍橋』卷下明暦元年乙未の春、衆に示して曰く、常に鎗先につゝ懸つた如く用ゆべし。我心は常住鎗先にきつと指向ひたるか如しと也。
-
『韓非子』備內第十七人臣為る者は、その君の心を窺覘するや、須臾の休むこと無きに、而るに人主怠傲にして其の上に處る。
-
『省諐録』第51条・第2段自ら已む能はず。警衛守禦の方も、亦た自ら厳ならざるを得ず。又親しく彼の長ずる所を観て、以て我が智巧を速進すべし。是れ其の多利たる所以なり。如し下田に退かば、人心必ず弛み、守衛必ず懈らん。而して虜舶は迅速にして、繋縻し難し。横浜に在ると下田に在ると、其の江戸腹心の患たること、則ち閒、髪を以てする能はず。故に吾謂へらく、横浜を以て之に仮すを愈れりと為すに如かずと。是れ天下の大計なり。君士卒を総べて茲に在り、以て黙すべからず。上書して公に乞ひ、献策有るべしと。望月曰く、然り。然れども吾が上書は子の上言に如かずと。乃ち予に命じて江戸に還らしめ、之を公に告ぐ。沮む者有りて、果たさず。公、予の自ら之を為すを許す。是に於て竊かに建白する有り。又門人長岡の小林虎をして其の主侯に上書し、大計を開陳せしむ。又之をして阿部閣老の親幸する所に見えしめ、為に其の利害を論じ、時に因りて規諫し、挽回する所有らんと欲す。並びに皆行はれず。小林生此を以て主侯の譴を獲、遂に辞して国に帰る。
-
葉隠・聞書第一追腹(おいばら)御停止(ごちょうじ)になりてより、殿の御味方(おみかた)する御家来なきなり。幼少にも家督(かとく)相立てられ候に付て奉公に励みなし。小々姓(こごしょう)相止み候に付て、侍の風俗悪しくなりたり。余り御慈悲過ぎ候て、奉公人の為にならず候。今からにても、小々姓は仰付けられたき事なり。十五六にて前髪取り候故、引嗜(ひきたしな)む事を知らず、呑み喰ひ、わる雑談ばかりにて、禁忌(きんき)の詞、風俗の吟味もせず、隙をもつて徒(いたず)ら事に染み入り、能き奉公人出来ざるなり。小々姓勤め候ひし者、幼小の時より諸役見習ひ、御用に立つべし。副島八右衛門四十二歳、鍋島勘兵衛四十歳にて元服なり。
-
葉隠・聞書第十一一鼎、批判に、「御家は中腰にて持ち申し候。昔より歴々には器量有り兼ね候。また勝茂(かつしげ)公へ、舎人(とねり)、内匠(たくみ)、兵部(ひょうぶ)三人は、外様(とざま)にても、御居間にて御目見(おめみえ)仕り候由。」と申され候。