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葉隠 / 聞書第一

追腹御停止になりてより、殿の御味方する御家來なきなり。幼少にも家督相立てられ候に付て奉公に勵みなし。小々姓相止み候に付て、侍の風俗惡しくなりたり。餘り御慈悲過ぎ候て、奉公人の爲にならず候。今からにても、小々姓は仰付けられたき事なり。十五六にて前髮取り候故、引嗜む事を知らず、呑喰ひ、わる雑談ばかりにて、禁忌の詞、風俗の吟味もせず、隙をもつて徒ら事に染入り、能き奉公人出來ざるなり。小々姓勤め候ひし者、幼小の時より諸役見習ひ、御用に立つべし。副島八右衛門四十二歳、鍋島勘兵衛四十歳にて元服なり。

新字:追腹御停止になりてより、殿の御味方する御家来なきなり。幼少にも家督相立てられ候に付て奉公に勵みなし。小々姓相止み候に付て、侍の風俗悪しくなりたり。余り御慈悲過ぎ候て、奉公人の為にならず候。今からにても、小々姓は仰付けられたき事なり。十五六にて前髪取り候故、引嗜む事を知らず、呑喰ひ、わる雑談ばかりにて、禁忌の詞、風俗の吟味もせず、隙をもつて徒ら事に染入り、能き奉公人出来ざるなり。小々姓勤め候ひし者、幼小の時より諸役見習ひ、御用に立つべし。副島八右衛門四十二歳、鍋島勘兵衛四十歳にて元服なり。

書き下し

追腹(おいばら)御停止(ごちょうじ)になりてより、殿の御味方(おみかた)する御家来なきなり。幼少にも家督(かとく)相立てられ候に付て奉公に励みなし。小々姓(こごしょう)相止み候に付て、侍の風俗悪しくなりたり。余り御慈悲過ぎ候て、奉公人の為にならず候。今からにても、小々姓は仰付けられたき事なり。十五六にて前髪取り候故、引嗜(ひきたしな)む事を知らず、呑み喰ひ、わる雑談ばかりにて、禁忌(きんき)の詞、風俗の吟味もせず、隙をもつて徒(いたず)ら事に染み入り、能き奉公人出来ざるなり。小々姓勤め候ひし者、幼小の時より諸役見習ひ、御用に立つべし。副島八右衛門四十二歳、鍋島勘兵衛四十歳にて元服なり。

現代語訳

殉死(追腹)が禁じられてから、殿の味方となって命を捧げる家来がいなくなった。幼くても家督を継がせてもらえるので、奉公に励まなくなった。小姓の制度がなくなったので、侍の気風も悪くなった。あまりに情け深すぎる扱いは、かえって奉公人のためにならない。今からでも小姓の役を設けてほしいものだ。十五、六で前髪を取って元服してしまうから、身をつつしむことを知らず、飲み食いや無駄話ばかりで、忌み言葉や作法の吟味もせず、暇にまかせて悪い遊びに染まり、よい奉公人が育たない。小姓を勤めた者は、幼いころから諸役を見習うので、役に立つ。副島八右衛門は四十二歳、鍋島勘兵衛は四十歳で元服した。

解説

殉死の禁止や早い元服といった制度の変化が、かえって侍の気風を緩ませたと嘆く一節です。厳しい下積みや、命を賭す覚悟の共有こそが忠義と人材を育てるという『葉隠』の価値観が背景にあります。手厚く楽な扱いは一見よいようでいて、緊張感を奪い、鍛えられる機会を失わせると見るのです。特に、幼少から役を見習う小姓の制度を、人が育つ仕組みとして重んじています。現代でも、若い人を甘やかしすぎたり、下積みの機会を飛ばして早く一人前扱いすると、かえって力がつかない、という問題意識に通じるでしょう。もっとも当時と今では前提が大きく異なりますから、殉死の是非などをそのまま受け取るのではなく、鍛錬の機会と適度な緊張の大切さを読み取るのがよいでしょう。

この章句が説くこと

下積み人材育成過保護の弊害緊張感作法気風

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