省諐録 / 第50条・第3段
本藩武功盛名。爲此輩壞隳。豈可忍邪。乃與望月謀。使人謂之曰。如公等所區處。是非以我兵備於夷虜。爲夷虜。禁呵邦民耳。禁呵邦民者。固不可煩士大夫。亦無用於兵器。每逕路。出健兒一二名。執靑竹杖誰何之足矣。但江戶所受之命。則不可以廢應接之日。吾藩當別出士卒。整陣於山閒。以備非時之變耳。此不敗公等之事。又不墜吾職。豈不亦兩得乎。官吏復曰。言皆當理。然官發兩藩人士之事。吾輩旣告之夷人。若不出其人。設陣於隱僻之地。夷人必疑吾有異志。應接不諧。是亦官之累也。必曲從吾言。如其布陣收散離合。唯意所命。吾輩不敢掣肘。予與望月。雖憤愠不樂。亦無可奈何。當日作一哨。置之田畝閒。以塞其責。嗚呼。耗損國用。勤勞士卒。盡思慮計畫。而同爲兒戲。可付浩歎也已。
新字:本藩武功盛名。為此輩壊隳。豈可忍邪。乃与望月謀。使人謂之曰。如公等所区処。是非以我兵備於夷虜。為夷虜。禁呵邦民耳。禁呵邦民者。固不可煩士大夫。亦無用於兵器。毎逕路。出健児一二名。執青竹杖誰何之足矣。但江戸所受之命。則不可以廃応接之日。吾藩当別出士卒。整陣於山閒。以備非時之変耳。此不敗公等之事。又不墜吾職。豈不亦両得乎。官吏復曰。言皆当理。然官発両藩人士之事。吾輩既告之夷人。若不出其人。設陣於隠僻之地。夷人必疑吾有異志。応接不諧。是亦官之累也。必曲従吾言。如其布陣収散離合。唯意所命。吾輩不敢掣肘。予与望月。雖憤愠不楽。亦無可奈何。当日作一哨。置之田畝閒。以塞其責。嗚呼。耗損国用。勤労士卒。尽思慮計画。而同為児戯。可付浩嘆也已。
書き下し
本藩の武功の盛名、此の輩の為に壊隳せらる。豈に忍ぶべけんや。乃ち望月と謀り、人をして之に謂はしむ、公等の区処する所の如くんば、是れ我が兵を以て夷虜に備ふるに非ず、夷虜の為に、邦民を禁呵するのみ。邦民を禁呵するは、固より士大夫を煩はすべからず、亦た兵器を用ふる無し。径路毎に、健児一二名を出し、青竹杖を執りて誰何すれば足らん。但だ江戸に受けし所の命は、則ち応接の日を廃すべからず。吾が藩当に別に士卒を出し、陣を山閒に整へ、以て非時の変に備ふべきのみ。此れ公等の事を敗らず、又吾が職を墜とさず、豈に亦た両つながら得ざらんや、と。官吏復た曰く、言皆理に当たる。然れども官両藩の人士を発するの事、吾輩既に之を夷人に告ぐ。若し其の人を出さずして、陣を隠僻の地に設くれば、夷人必ず吾に異志有るかと疑はん。応接諧はず、是れ亦た官の累ひなり。必ず吾が言に曲従せよ。其の布陣収散離合の如きは、唯だ意の命ずる所なり。吾輩敢へて掣肘せずと。予と望月、憤愠して楽しまずと雖も、亦た奈何ともする無し。当日一哨を作して、之を田畝の閒に置き、以て其の責を塞ぐ。嗚呼、国用を耗損し、士卒を勤労し、思慮計画を尽くして、同じく児戯を為す。浩歎に付すべきのみ。
現代語訳
我が藩の武功の盛名は、こうした輩のために壊されてしまう。どうして耐えられましょうか。そこで望月と相談し、人を遣わして官吏にこう言わせました。あなた方の取り計らうとおりなら、これは我が兵を外国人への備えとするのではなく、外国人のために自国の民を禁じ叱るだけのことです。自国の民を禁じ叱るのに、士大夫を煩わせるまでもなく、兵器も要りません。各道に若者を一、二名出し、青竹の杖を持たせて誰何させれば足ります。ただ、江戸で受けた命は、応接の日を廃してよいというものではありません。我が藩は別に士卒を出し、陣を山の間に整えて、思いがけない異変に備えるだけです。これならあなた方の事を損なわず、我が職も落とさず、両方が得られるではありませんか、と。官吏はまた言いました。おっしゃることはみな理にかなっています。しかし、官が両藩の人士を出すことは、私どもがすでに外国人に告げてあります。もしその人を出さず、陣を隠れた辺鄙な所に設ければ、外国人はきっと私どもに異心があるのかと疑うでしょう。応接がまとまらなくなれば、これも役所の迷惑です。どうか私どもの言葉に折れて従ってください。陣の張り方、収め方、散らし方、合わせ方については、すべてお考えのままにお命じください。私どもは決して口を挟みません、と。私と望月は、憤りを抱いて楽しくありませんでしたが、どうすることもできません。当日は一哨を作り、それを田畑の間に置いて、責めをふさぎました。ああ、国の費用を損ない、士卒を働かせ、思慮と計画を尽くしながら、同じく児戯をなす。大きな嘆きに付すべきことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『省諐録』第50条・第2段今、大礟を以て横浜に入るれば、夷人或いは其の守衛の厳なるを憚り、他地に移さんことを請はん。官の累ひなり。望月已むを得ず之に従ふ。退きて曰く、官命もて約束を聴かしむとは、幾んど是れか、と。護衛の地を相るに及び、官吏曰く、東は海涘に起こり、西に行くこと二百歩、折れて北に行くこと又之の如し、是れ其の所なりと。予之を聞きて驚駭し、其の地を詳らかにするに、南のかた応接の便坐を距たること、二百歩を下らず、民屋・樹林の其の閒に在る有り。初め江戸に在りしとき、竊かに意ふに、官吏兵を諳んぜずと雖も、自ら国体有り、且つ二藩の兵を得て、当に密に便坐を囲繞して以て警禦を厳にすべし、と。図らざりき、其の区処の陋なること斯に至らんとは。因りて建議して曰く、大礟は則ち官吏之を停む、今有する所の者は、小銃のみ。小銃力を逞しくするは、百歩内に非ざれば不可なり。且つ銃卒百名を踰えず、短兵を執る者は、五十名に過ぎず。夷虜集会の所を距たること、二百歩の外に遠陣し、又三四百歩の閒の田に散守すれば、惟だ警禦に益無きのみならず、適に以て虜の侮慢を導くに足る。去歳浦賀の応接、護衛法無く、夷虜之を噬み、邦人之を恥づ。而るに少しも省悟せず、今又此の児戯を為す。官吏の不肖、固より道ふに足らず。
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『省諐録』第50条・第1段今春、墨虜の来たるや、官横浜に便坐を設け、以て応接の所と為し、松城・小倉の二藩に命じて、兵を発して以て之を護衛せしめ、且つ接待の官吏の約束を聴かしむ。初め吾が公の命を受くるや、以て真に備ふ、虜の不韙なればなりと為し、乃ち野戦礮二門、牛角天礮三門、銃卒百名、刀槍士五十名を発し、国老望月貫恕をして之を督せしむ。予、其の軍議に参ず。謂へらく、接待の官吏兵を知らば、吾と小倉とをして一は横、一は直にして以て陣せしめん、銃手威を逞しくすべし。若し其れ兵を知らずして、相対して陣せしむれば、則ち銃は用ふべからず、惟だ短兵のみ之に利あり。虜と相接すること咫尺、変、倉卒に起こらば、彼精銃の技有りと雖も、我利兵を以て之に乗ぜば、一薙して数頭を斫断すべし。乃ち別に長巻二十把を備へて以て従ふ。吾が兵金川に至るや、官吏人をして謂ひて曰はしむ、大礮は必ず前駅に寘け、横浜の地に引き入るること莫かれ。望月対へて曰く、吾が藩、応接の場を護衛せよとの命を奉ず。大礮は変に備ふる所以なり。之を隔地に寘かば、変の発すること時に非ず、以て卒に応じ難し。敢へて辞すと。官吏曰く、今玆の応接は、万万其の変無きを保つべし。不幸にして将に変有らんとせば、即時に官丁を発して、礮器を搬運し、決して貴藩をして缺乏有らしめずと。
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『省諐録』第51条・第2段自ら已む能はず。警衛守禦の方も、亦た自ら厳ならざるを得ず。又親しく彼の長ずる所を観て、以て我が智巧を速進すべし。是れ其の多利たる所以なり。如し下田に退かば、人心必ず弛み、守衛必ず懈らん。而して虜舶は迅速にして、繋縻し難し。横浜に在ると下田に在ると、其の江戸腹心の患たること、則ち閒、髪を以てする能はず。故に吾謂へらく、横浜を以て之に仮すを愈れりと為すに如かずと。是れ天下の大計なり。君士卒を総べて茲に在り、以て黙すべからず。上書して公に乞ひ、献策有るべしと。望月曰く、然り。然れども吾が上書は子の上言に如かずと。乃ち予に命じて江戸に還らしめ、之を公に告ぐ。沮む者有りて、果たさず。公、予の自ら之を為すを許す。是に於て竊かに建白する有り。又門人長岡の小林虎をして其の主侯に上書し、大計を開陳せしむ。又之をして阿部閣老の親幸する所に見えしめ、為に其の利害を論じ、時に因りて規諫し、挽回する所有らんと欲す。並びに皆行はれず。小林生此を以て主侯の譴を獲、遂に辞して国に帰る。
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『省諐録』第52条襄に予一二の友生と偕に、鎌倉の遊を為し、遂に海に泛かび、荒岬を過ぎ、城島に抵り、三崎に泊し、松輪を歴て、宮田に宿し、浦賀に次り、猿嶼に上り、金澤を観、本牧に出でて都に還る。其の往来由る所、設くる所の防堵を観ること、海寇に備ふるもの、無慮十余所、而して錯置は皆法を得ず、一も防截の選に当たるべき者無し。此に至りて、覚えず天を仰ぎて浩歎し、胸を擗ちて涕を流す者、久し。夫れ江都は、天下の咽喉なり。富津の洲觜、称して天険と曰ふと雖も、海口は猶ほ闊し。戦艦水軍有るに非ざれば、固より以て敵人の侵攘窺伺を遏め難し。今は是れを務めず、癡堵呆堞を設け、高く之を海表に掲ぐ。此れ我が海外に謀る無きを示すなり。頃年東西の諸蕃、舶を寄せて遊偵す、豈に我を軽んずるの心を開かざらんや。吏員は庸流、固より謫むるに足らず。其の金鞍華鞲、綾衣肉食、自ら謂ひて高く等類に出づる者は、天下の大計を知らず、国の財用を糜して、此の無益の務めを為す、抑も何ぞや。如し虜舶馳突すること有らば、将た何を以て折衝禦侮せん。因りて上疏して海防の利病を論じ、以て時政の万一を裨けんと欲し、草を具して之を先公に請ふ。先公許さず、遂に止む。是れ嘉永庚戌の首夏なり。後四年、果たして墨夷の事起こる。登時先公の予が上書を尼むるは、蓋し触忤して罪に抵るを懼れしならん。其の蓋覆の仁、亦た大なり。今日、先公をして在世せしめば、予が拘囚を知らば、則ち其の憂労、又当に何如なるべき。
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