省諐録 / 第49条
去夏墨虜。以兵艦四隻。護送其國書。抵浦賀澳。其舉動詞氣。殊極悖慢。辱國體不細。聞者莫不切齒。時某人鎭浦賀。屛氣負屈。遂無能爲。虜退後。自抽小刀。寸斷其所遺虜主畫像以洩怒。昔宋曹瑋謫官陝西。聞趙元昊爲人。乃使善畫者圖其貌。觀之知其英物必爲邊患。欲預講邊備。蒐閱人才。後果如其言。然則觀其肖影。亦可以見其能否。而資吾豫備矣。某人知慮不及此。毀而滅之。可惜已。嗚乎。均夷人也。均畫像也。或無而求之。或有而毀之。其知之深淺。謀之長短。一何遠哉。
新字:去夏墨虜。以兵艦四隻。護送其国書。抵浦賀澳。其舉動詞気。殊極悖慢。辱国体不細。聞者莫不切歯。時某人鎮浦賀。屛気負屈。遂無能為。虜退後。自抽小刀。寸断其所遺虜主画像以洩怒。昔宋曹瑋謫官陝西。聞趙元昊為人。乃使善画者図其貌。観之知其英物必為辺患。欲預講辺備。蒐閲人才。後果如其言。然則観其肖影。亦可以見其能否。而資吾予備矣。某人知慮不及此。毀而滅之。可惜已。嗚乎。均夷人也。均画像也。或無而求之。或有而毀之。其知之深浅。謀之長短。一何遠哉。
書き下し
去夏、墨虜、兵艦四隻を以て、其の国書を護送し、浦賀の澳に抵る。其の挙動詞気、殊に極めて悖慢にして、国体を辱むること細かならず。聞く者切歯せざるは莫し。時に某人浦賀に鎮し、屏気して屈を負ひ、遂に為す能はず。虜退きて後、自ら小刀を抽き、其の遺す所の虜主の画像を寸断して以て怒りを洩らす。昔宋の曹瑋、官を陝西に謫せられ、趙元昊の人と為りを聞き、乃ち善く画く者をして其の貌を図かしめ、之を観て其の英物にして必ず辺患と為るを知り、預め辺備を講じ、人才を蒐閲せんと欲す。後に果たして其の言の如し。然らば則ち其の肖影を観て、亦た以て其の能否を見て、吾が豫備に資すべし。某人知慮此に及ばず、毀ちて之を滅す。惜しむべきのみ。嗚乎、均しく夷人なり。均しく画像なり。或いは無くして之を求め、或いは有りて之を毀つ。其の知の深浅、謀の長短、一に何ぞ遠きや。
現代語訳
去年の夏、墨虜は兵艦四隻でその国書を護送し、浦賀の入り江に着きました。その振る舞いと言葉つきは、ことに甚だしく無礼で傲慢であり、国の体面を辱めること少なくありませんでした。聞く者は歯ぎしりしない者がいませんでした。そのときある人物が浦賀に詰めていましたが、息をひそめて屈辱を負い、ついに何もできませんでした。虜が退いたのち、その人物は自ら小刀を抜き、相手が残した虜の主の画像を寸断して、怒りを晴らしました。昔、宋の曹瑋は陝西に左遷されたとき、趙元昊の人となりを聞き、絵のうまい者にその顔を描かせました。それを見て、これは英物で必ず辺境の災いになると知り、あらかじめ辺境の備えを講じ、人材を集め調べようとしました。のちに、はたしてその言葉どおりになりました。そうであれば、その肖像を見ても、その人の能力のほどを見て取れて、私たちの備えの助けになるはずです。ところがその人物は、考えがここに及ばず、画像を壊して消してしまいました。惜しいことです。ああ、同じ夷人であり、同じ画像です。無いものを求める者もあれば、有るものを壊す者もいます。その知の深さ浅さ、計略の長さ短さは、何と遠く隔たっていることでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『政談』養老宴の事惣じて貴人には朋友なきこと欠たること也、貴人の学問も、一切の芸も大名芸と云ものに成て、一切に込らぬは是故なり、殊に政務の道は下の情を能く知らざれは行ふ所図にあたらぬものなり、忍びのものなどを遣はして遠国のことを見せ、近習の臣より下のことを聞くも善きやうなることなれとも、人々面々の了簡のほどならでは見も聞もならぬ物なり、軍に物見を遣はすに武功の人を撰ふことも、手前の器量程ならでは得見ぬ故也、殊に人の情にて下の悪しきことばかりを見出し聞出して、申し上げてよきことは申さぬものなり、されば下のことを見聞んとするにも心得あるべきことなり、殊に御用を承はる筋の人は手前の申し立たき筋の益に成るやうなる筋を多く申し上げるなり、是によりて何としても下の情に疎きこと是貴人の身の上に欠たることなり、
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孫子・用間篇先知は、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験すべからず、必ず人に取り、敵の情を知る者なり。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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『春秋左氏伝』成公十六年 巣車に登る楚子巢車に登りて以って晉の軍を望む。子重大宰伯州犁をして王の後に侍せしむ。王曰く、「騁せて左右するは、何ぞや」と。曰く、「軍吏を召すなり」と。「皆中軍に聚まれり」と。曰く、「合謀するなり」と。「幕を張れり」と。曰く、「虔みて先君に卜するなり」と。「幕を徹せり」と。曰く、「將に命を發せんとするなり」と。「甚だ囂しく、且つ塵上れり」と。曰く、「將に井を塞ぎ灶を夷らげて行を為さんとするなり」と。「皆乘れり。左右兵を執りて下れり」と。曰く、「誓を聽くなり」と。「戰はんか」と。曰く、「未だ知る可からざるなり」と。「乘りて左右皆下れり」と。曰く、「戰禱するなり」と。伯州犁公卒を以って王に告ぐ。苗賁皇晉侯の側に在り、亦た王卒を以って告ぐ。皆曰く、「國士在り、且つ厚し。當る可からざるなり」と。苗賁皇晉侯に言ひて曰く、「楚の良は、其の中軍の王族に在るのみ。請ふ良を分ちて以って其の左右を擊ち、而して三軍王卒に萃まらば、必ず大いに之を敗らん」と。公之を筮す。史曰く、「吉なり。其の卦は復に遇ふ。曰く、『南國蹙まり、其の元を射る。王厥の目に中る』と。國蹙まり王傷つく、敗れずして何をか待たん」と。公之に從ふ。
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