省諐録 / 第46条
先公登相臺。嗣管防海事。時英夷寇清國。聲勢相逼。予感慨時事。上書陳策。實天保壬寅十一月也。後觀清魏源聖武記。亦感慨時事之所著。而其書之序。又作於是歲之七月。則先予上書。廑四月矣。而其所論。往往有不約而同者。嗚乎。予與魏。各生異域。不相識姓名。感時著言。同在是歲。而其所見。亦有闇合者。一何奇也。眞可謂海外同志矣。但魏云。自上世以來。中國有海防。而無海戰。遂以堅壁淸野。杜絕岸奸。爲防海家法。予則欲盛講礮艦之術。而爲邀擊之計。驅逐防截。以制賊死命於外海。是爲異耳。
新字:先公登相台。嗣管防海事。時英夷寇清国。声勢相逼。予感慨時事。上書陳策。実天保壬寅十一月也。後観清魏源聖武記。亦感慨時事之所著。而其書之序。又作於是歳之七月。則先予上書。廑四月矣。而其所論。往往有不約而同者。嗚乎。予与魏。各生異域。不相識姓名。感時著言。同在是歳。而其所見。亦有闇合者。一何奇也。真可謂海外同志矣。但魏云。自上世以来。中国有海防。而無海戦。遂以堅壁清野。杜絶岸奸。為防海家法。予則欲盛講礮艦之術。而為邀撃之計。駆逐防截。以制賊死命於外海。是為異耳。
書き下し
先公相臺に登り、嗣いで防海の事を管す。時に英夷清国を寇し、声勢相逼る。予時事に感慨し、上書して策を陳ぶ。実に天保壬寅十一月なり。後に清の魏源の聖武記を観るに、亦た時事に感慨して著す所にして、其の書の序も、又是の歳の七月に作る。則ち予が上書に先んずること、廑かに四月なり。而して其の論ずる所、往往にして約せずして同じき者有り。嗚乎、予と魏と、各おの異域に生まれ、相ひ姓名を識らず。時に感じて言を著すこと、同じく是の歳に在り、而して其の見る所も、亦た闇合する者有り。一に何ぞ奇なるや。真に海外の同志と謂ふべし。但だ魏は云ふ、上世より以来、中国に海防有りて、海戦無し。遂に堅壁清野を以て、岸奸を杜絶するを、防海の家法と為す。予は則ち盛んに礮艦の術を講じて、邀撃の計を為し、駆逐防截して、以て賊の死命を外海に制せんと欲す。是れ異なるのみ。
現代語訳
先公は相臺に登り、続いて防海の事を管掌されました。そのころ英夷が清国を侵し、その勢いが迫っていました。私は時勢に感慨を覚え、上書して策を述べました。それは天保壬寅の十一月のことです。のちに清の魏源の『聖武記』を読むと、これもまた時勢に感じて著したもので、その書の序も同じ年の七月に作られています。つまり私の上書より、わずか四か月早いだけです。しかも論じている内容には、示し合わせたわけでもないのに同じものがしばしばあります。ああ、私と魏はそれぞれ異なる国に生まれ、互いの姓名も知らないのに、時勢に感じて言葉を著したのが同じ年で、見るところにも暗に合う点があるとは、何と不思議なことでしょう。まことに海を隔てた同志と言うべきです。ただし魏は、上古以来、中国には海防はあっても海戦はなかったと言い、そこで壁を固め野を清めて、岸辺の悪人を断つことを海防の家法としています。私は砲と艦の術を大いに講じて迎え撃つ計画を立て、追い払い、阻んで、敵の命運を外海で制したいと考えます。そこが異なるだけです。
解説
この章句が説くこと
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『省諐録』第26条予久しく意を海防に畱む。其の發明する所、自ら前人の未だ及ばざる者有りと謂ふ。然れども卒に此に由りて禍を取る。亦非常の原、常人と異なるのみ。君相如し省悟する時有らば、則ち吾が志の行はるること必せり。
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