省諐録 / 第54条・第2段
而左者不能拯右。右者不能救左。不幸賊船出于中閒。左右之臺。相爲障礙。不能用礟。惡在其爲利也。且礟艘置乏。進剿無術。如賊連船於相房閒。以絕我海運。何以卻之。當是時。縱令內港有百礟臺。亦屬無用。雖欲無不戰而屈。不可得也。若乃多備礟艘。訓練以時。開戰策應。無所不可。足以讋服洋賊。而制其死命。又何苦而海中以此許多之礟臺爲哉。多事之際。其經費亦甚可惜矣。某地縣令某氏。小有才幹。素無學問。見西洋陸戰壘圖。而不知其解。杜撰牽合。以成守海口策。當道亦不深究之。以爲是而施行。予深識其非。屢言之川路司農。司農稍信。然而遂弗能救。是亦可慨也。
新字:而左者不能拯右。右者不能救左。不幸賊船出于中閒。左右之台。相為障礙。不能用礟。悪在其為利也。且礟艘置乏。進剿無術。如賊連船於相房閒。以絶我海運。何以却之。当是時。縦令内港有百礟台。亦属無用。雖欲無不戦而屈。不可得也。若乃多備礟艘。訓練以時。開戦策応。無所不可。足以讋服洋賊。而制其死命。又何苦而海中以此許多之礟台為哉。多事之際。其経費亦甚可惜矣。某地県令某氏。小有才幹。素無学問。見西洋陸戦塁図。而不知其解。杜撰牽合。以成守海口策。当道亦不深究之。以為是而施行。予深識其非。屡言之川路司農。司農稍信。然而遂弗能救。是亦可慨也。
書き下し
而して左なる者は右を拯ふ能はず、右なる者は左を救ふ能はず。不幸にして賊船中閒に出づれば、左右の臺、相ひ為に障礙して、礟を用ふる能はず。悪くにか其の利たるに在らんや。且つ礟艘置くこと乏しければ、進剿に術無し。如し賊、船を相房の閒に連ねて、以て我が海運を絶たば、何を以て之を卻けん。是の時に当たりては、縦令ひ内港に百の礟臺有りとも、亦た無用に属す。戦はずして屈すること無からんと欲すと雖も、得べからず。若し乃ち多く礟艘を備へ、訓練するに時を以てし、戦を開き策応すれば、可ならざる所無し。以て洋賊を讋服し、其の死命を制するに足る。又何ぞ苦しみて海中に此の許多の礟臺を以て為さんや。多事の際、其の経費も亦た甚だ惜しむべし。某地の県令某氏、小しく才幹有れども、素より学問無し。西洋陸戦の塁図を見て、其の解を知らず、杜撰牽合して、以て海口を守る策を成す。当道も亦た深く之を究めず、以て是と為して施行す。予深く其の非を識り、屡しば之を川路司農に言ふ。司農稍や信ずれども、然れども遂に救ふ能はず。是れも亦た慨くべきなり。
現代語訳
そして左にある者は右を救えず、右にある者は左を救えません。不幸にして賊船がその中間に出れば、左右の砲台は互いに邪魔になって砲を使えません。どこにその利があるでしょうか。さらに、砲艘の備えが乏しければ、進んで討つ手立てがありません。もし賊が船を相房の間に連ねて我が海運を絶ったなら、何をもってこれを退けるのでしょう。そのときは、たとえ内港に百の砲台があっても無用になります。戦わずして屈することがないようにと願っても、かないません。もし多くの砲艘を備え、時を決めて訓練し、戦を開いて呼応すれば、できないことはありません。洋賊を畏れ伏させ、その命運を制するに十分です。それなのに、どうして苦労して海中にこれほど多くの砲台を築くのでしょうか。多事のときに、その経費もたいへん惜しまれます。ある地の県令の某氏は、少しばかり才能はあっても、もとより学問がありません。西洋の陸戦の塁の図を見ても、その意味を理解せず、でたらめにこじつけて、海口を守る策をつくりました。当道もこれを深く究めず、よいものとして施行しました。私は深くその誤りを知り、何度もこれを川路司農に言いました。司農はやや信じましたが、ついに救うことはできませんでした。これもまた嘆かわしいことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『省諐録』第54条・第1段江戸の海口、礟臺無かるべからず。予も亦た嘗て数数之を言ふ。夫れ海口の防戦は、利は礟臺に在り。其の形勢の缺くる所、此を賓にして以て補はざるべからず。然れども其の力を得る処は、全く別に礟艘を備へて、機を相て策応するに在り。故に能く其の要を得れば、海中唯だ一二区を置けば足り、必ずしも多く之を築かず。荷蘭の譜厄兒の策、拠るべきなり。今の為す所の如きは、陸続相連ね、是れ陸軍の塁を為して以て自ら屏ふの法にして、海口に洋寇を待つの術に非ざるなり。蓋し陸戦は攻中に守を寓し、守中に攻を寓す。其の守るに方りては、塁を以て自ら屏ふ。其の攻むるに方りては、塁を出でて以て衝く。其の守と攻と、並びに塁中の人に係る。故に其の人衆く、固より其の塁を多くせざるを得ず。其の塁を多くすと雖も、亦た相障礙せず。海口の戦の如きは、則ち然らず。礟臺の兵は、礟艘を操らず、礟艘の兵は、礟臺に在らず。故に礟臺は多きを貴ばずして、礟艘は多きを厭はず。蓋し礟臺多ければ則ち兵分かれ、兵分かるれば則ち用ふる士衆し。
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『省諐録』第48条海防の要は、礮と艦とに在り、而して礮最も首に居る。魏氏の海国図識の中、銃礮の説を輯むるも、類ね皆粗漏にして無稽、児童の戯嬉の為すが如し。凡そ事は自ら之を為さずして、能く其の要領を得る者は無し。魏の才識を以てして、是れを察せず。当今の世、身に礮学無く、此の謬妄を貽し、反って後生を誤らしむ。吾魏の為に深く惜しむ。
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『新論』守禦今の論者は則ち止だ曰く、巨銃を海岸に列ね、寇至らば撃ちて之を却けん、と。夫れ巨礮大銃は、利器ならざるに非ず。然れども長兵の利は短用に在り、而して火を用ふるの術は、則ち敵を擾し勢ひに乗ずるに在り。苟も戦艦の以て水上に相迫る無く、銃兵の以て速やかに之に応ずる無くして、徒らに遠勢を以て相持せば、則ち一発の銃、以て堅陣を陥れ勁敵を拉ぐに足らんや。且つ船の洋中に在る、銃発するも必ずしも中らず、而して虜艦は堅実にして、能く之に中つと雖も亦た一二の弾丸の能く摧破する所に非ず。今水戦講ぜずして、乃ち遥遥として陸地に居り安坐して之を摧かんと欲するは、聞く所に非ざるなり。故に銃を海岸に列ねて以て固めと為すは、則ち港嶴の停泊の処、賊船の必ず由るの径に、正に神器を設けて以て彼をして鼾睡を肆にするを得ざらしむべきのみ。若し夫れ沿海万里、豈に悉く列銃を恃みて以て防海の至計と為すべけんや。
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『省諐録』第44条本邦は金貨米粟、号して富饒と為す。然れども疆域大ならず。故に邦内に生ずる所の財を以て、邦内の為す所の用を享く、甚だしくは有余無し。乃ち海防の事の若きは、則ち外より起こる者なり。防堵数百所を置き、大艦数百艘を造り、巨礮数千門を鋳れば、其の費も亦た浩たり。而して皆永く存するの物に非ず。一二十年毎に、必ず修繕改造を待つ。況んや外には応接給資の用有り、内には餉糧購買の費有るをや。凡そ此くの如きの類、将た安くにか其の給を取らんや。夫れ劣かに困窮を済ふの家、賓客を多く得て、屡しば宴饗を設くれば、則ち其の資財空乏し、卒に復た継ぐべからざるに至ること必せり。今の時事、何を以て是に異ならんや。然らば則ち其の之を経理する所以の者は、何の術ぞ。経世に志有る者は、宜しく先づ審計すべし。
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『省諐録』第50条・第2段今、大礟を以て横浜に入るれば、夷人或いは其の守衛の厳なるを憚り、他地に移さんことを請はん。官の累ひなり。望月已むを得ず之に従ふ。退きて曰く、官命もて約束を聴かしむとは、幾んど是れか、と。護衛の地を相るに及び、官吏曰く、東は海涘に起こり、西に行くこと二百歩、折れて北に行くこと又之の如し、是れ其の所なりと。予之を聞きて驚駭し、其の地を詳らかにするに、南のかた応接の便坐を距たること、二百歩を下らず、民屋・樹林の其の閒に在る有り。初め江戸に在りしとき、竊かに意ふに、官吏兵を諳んぜずと雖も、自ら国体有り、且つ二藩の兵を得て、当に密に便坐を囲繞して以て警禦を厳にすべし、と。図らざりき、其の区処の陋なること斯に至らんとは。因りて建議して曰く、大礟は則ち官吏之を停む、今有する所の者は、小銃のみ。小銃力を逞しくするは、百歩内に非ざれば不可なり。且つ銃卒百名を踰えず、短兵を執る者は、五十名に過ぎず。夷虜集会の所を距たること、二百歩の外に遠陣し、又三四百歩の閒の田に散守すれば、惟だ警禦に益無きのみならず、適に以て虜の侮慢を導くに足る。去歳浦賀の応接、護衛法無く、夷虜之を噬み、邦人之を恥づ。而るに少しも省悟せず、今又此の児戯を為す。官吏の不肖、固より道ふに足らず。
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『省諐録』第50条・第3段本藩の武功の盛名、此の輩の為に壊隳せらる。豈に忍ぶべけんや。乃ち望月と謀り、人をして之に謂はしむ、公等の区処する所の如くんば、是れ我が兵を以て夷虜に備ふるに非ず、夷虜の為に、邦民を禁呵するのみ。邦民を禁呵するは、固より士大夫を煩はすべからず、亦た兵器を用ふる無し。径路毎に、健児一二名を出し、青竹杖を執りて誰何すれば足らん。但だ江戸に受けし所の命は、則ち応接の日を廃すべからず。吾が藩当に別に士卒を出し、陣を山閒に整へ、以て非時の変に備ふべきのみ。此れ公等の事を敗らず、又吾が職を墜とさず、豈に亦た両つながら得ざらんや、と。官吏復た曰く、言皆理に当たる。然れども官両藩の人士を発するの事、吾輩既に之を夷人に告ぐ。若し其の人を出さずして、陣を隠僻の地に設くれば、夷人必ず吾に異志有るかと疑はん。応接諧はず、是れ亦た官の累ひなり。必ず吾が言に曲従せよ。其の布陣収散離合の如きは、唯だ意の命ずる所なり。吾輩敢へて掣肘せずと。予と望月、憤愠して楽しまずと雖も、亦た奈何ともする無し。当日一哨を作して、之を田畝の閒に置き、以て其の責を塞ぐ。嗚呼、国用を耗損し、士卒を勤労し、思慮計画を尽くして、同じく児戯を為す。浩歎に付すべきのみ。
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