省諐録 / 第1条
所行之道。可以自安。所得之事。可以自樂。罪之有無。在我而已。由外至者。豈足憂戚。若以忠信受譴爲辱。則不義而富且貴。亦在其所榮耶。
新字:所行之道。可以自安。所得之事。可以自楽。罪之有無。在我而已。由外至者。豈足憂戚。若以忠信受譴為辱。則不義而富且貴。亦在其所栄耶。
書き下し
行ふ所の道、以て自ら安んずべし。得る所の事、以て自ら樂しむべし。罪の有無は、我に在るのみ。外より至る者は、豈憂戚するに足らんや。若し忠信を以て譴を受くるを辱と爲さば、則ち不義にして富み且つ貴きも、亦其の榮とする所に在らんや。
現代語訳
自分が行う道は、それによって自ら安んじることができます。自分が成し遂げることは、それによって自ら楽しむことができます。罪があるかないかは、自分の内にあるだけです。外からやって来るものを、憂えたり悲しんだりするに足るでしょうか。もし忠信を尽くして咎めを受けることを恥だと考えるなら、不義でありながら富み、かつ貴い身であることも、栄誉だということになってしまうのではないでしょうか。
解説
獄中にあって、罪の有無は外の評判ではなく自分の内にあると言い切る条です。行う道に安んじ、得た事を楽しめるなら、外から来る災いを憂える必要はない、というのが前半の趣旨です。後半は、忠信を尽くして咎めを受けることを恥とするなら、不義で富み貴い者も栄誉とされてしまうという反問になっています。処遇や評判と、自分の行いの正しさを切り離して考える姿勢です。組織で不当な扱いや誤解を受けたとき、肩書や周囲の目に心を預けすぎると揺らぎます。何に照らして判断してきたのかという軸を持つことが、踏みとどまる力になります。
この章句が説くこと
安んず罪の有無忠信栄辱内省省諐録
関連する章句
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論語・衛霊公篇子張、行を問う。子曰く、「言忠信、行篤敬なれば、蛮貊の邦と雖も行われん。言忠信ならず、行篤敬ならずんば、州里と雖も行われんや。立てば、則ち其の前に参するを見るなり。輿に在れば、則ち其の衡に倚るを見るなり。夫れ然る後に行われん。」子張、諸を紳に書す。
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