囲炉夜話 / 第九十七則・君子は心を存するに但だ忠信に憑る
君子存心但憑忠信,而婦孺皆敬之如神,所以君子落得為君子。 小人處世盡設機關,而鄉黨皆避之若鬼,所以小人枉做了小人。
新字:君子存心但憑忠信,而婦孺皆敬之如神,所以君子落得為君子。 小人処世尽設機関,而郷党皆避之若鬼,所以小人枉做了小人。
書き下し
君子は心を存するに但だ忠信に憑る、而して婦孺皆之を敬すること神の如し、所以に君子は落ちて君子たるを得。 小人は世に處するに盡く機關を設く、而して鄉黨皆之を避くること鬼の若し、所以に小人は枉げて小人と做り了んぬ。
現代語訳
君子は心の持ち方をただ誠実と信義に頼るだけですが、女性や子どもまでがみな神のように敬います。だから君子は結局、君子としての得を得るのです。小人は世渡りにあらゆる策略をめぐらしますが、村の人々はみな鬼のように避けます。だから小人は、骨折り損の小人をやっただけに終わるのです。
解説
君子と小人の生き方を、結果から比べてみせた則です。君子はただ忠信、つまり誠実さと信義を心に置くだけで、特別な工夫をしていないのに、女性や子どもまでが神のように敬います。小人は機関、つまり策略やからくりを尽くして世を渡ろうとしますが、郷里の人々は鬼のように避けてしまいます。落得は結果としてそうなることで、君子はとくに狙わなくても君子の報いを得ます。枉做は無駄骨を折ることで、小人は苦労したあげくに損をしただけだという皮肉です。策略は手間がかかるのに報われず、誠実は手間がかからないのに報われる、という逆説が面白いところです。今日でも、裏工作に疲れる人より、正直に構える人の方が長い目で見て信頼を集めます。
この章句が説くこと
忠信君子小人誠実処世
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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『囲炉夜話』第百五十四則・生資の高きは忠信に在り生資の高きは忠信に在り、機巧に關はるに非ず。學業の美は德行に於いてし、僅かに文章のみならず。
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『長短経』品目所謂君子なる者は、言は必ず忠信にして心に忌まず、〔忌は怨害なり。〕仁義身に在りて色に伐らず、思慮通明にして辞に専らならず、篤く行い道を信じ、自強して息まず、油然として将に越ゆ可きが若くにして終に及ぶ可からざる者なり。此れ君子なり。
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孔子家語・儒行解儒に金玉を宝とせずして、忠信を以て宝と為し、土地を祈らずして、仁義を以て土地と為し、多積を求めずして、多文を以て富と為す有り。得難くして禄し易く、禄し易くして畜い難し。時に非ざれば見えず、亦た難得ならずや。義に非ざれば合わず、亦た難畜ならずや。労を先にして禄を後にす、亦た易禄ならずや。其の人情に近きこと此くの如き者有り。儒に之に委ぬるに財貨を以てして貪らず、之を淹すに楽好を以てして淫せず、之を劫すに衆を以てして懼れず、之を阻むに兵を以てして懾れず、利を見て其の義を虧かず、死を見て其の守りを更めず、鷙虫の攫搏も其の勇を程らず、重鼎を引くも其の力を程らず、往く者を悔いず、来る者を予めせず、過言再びせず、流言極めず、其の威を断たず、其の謀を習わず有り。其の特立すること此くの如き者有り。