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政談 / 醫者の事

醫者の子供夥しくありて、二代目よりは大形御用に立ぬ費なるものなり、親々は療治に隙なければ子供を敎へ立つべきやうなし、小身なれば學問にあり付するには供人入るにこまる、彼是として、無學になる、人其の眞似は療治を仕習ふへきやうなし、たまゝゝ療治をよくする人も無學なる故、肝心の時は仕損ふなり、惣して人の生れつき學問はよけれとも療治の不得手成るもあり、左樣の人を師範に被仰付、學寮を立てゝ子供を何れも遣はして學問をさせ、大躰事をも覺えたるとき田舍へ遣はし療治を仕習はするやうにあらは、何れも大抵御用に立つ程には有へきなり、是をも上の仰せ渡しなくては自から御用にたゝぬもの多くなるべき也、

新字:医者の子供夥しくありて、二代目よりは大形御用に立ぬ費なるものなり、親々は療治に隙なければ子供を教へ立つべきやうなし、小身なれば学問にあり付するには供人入るにこまる、彼是として、無学になる、人其の真似は療治を仕習ふへきやうなし、たまゝゝ療治をよくする人も無学なる故、肝心の時は仕損ふなり、惣して人の生れつき学問はよけれとも療治の不得手成るもあり、左様の人を師範に被仰付、学寮を立てゝ子供を何れも遣はして学問をさせ、大体事をも覚えたるとき田舎へ遣はし療治を仕習はするやうにあらは、何れも大抵御用に立つ程には有へきなり、是をも上の仰せ渡しなくては自から御用にたゝぬもの多くなるべき也、

書き下し

医者の子供夥しくありて、二代目よりは大形御用に立ぬ費なるものなり、親々は療治に隙なければ子供を教へ立つべきやうなし、小身なれば学問にあり付するには供人入るにこまる、彼是として、無学になる、人其の真似は療治を仕習ふへきやうなし、たまゝゝ療治をよくする人も無学なる故、肝心の時は仕損ふなり、惣して人の生れつき学問はよけれとも療治の不得手成るもあり、左様の人を師範に被仰付、学寮を立てゝ子供を何れも遣はして学問をさせ、大体事をも覚えたるとき田舎へ遣はし療治を仕習はするやうにあらは、何れも大抵御用に立つ程には有へきなり、是をも上の仰せ渡しなくては自から御用にたゝぬもの多くなるべき也、

現代語訳

医者の子どもがおびただしくいて、二代目からは大方御用に立たない無駄なものである。親たちは療治に暇がないので、子どもを教え立てることができない。小身なので学問に就かせるには供人が要るので困る。あれこれして無学になる。見よう見まねでは療治を習い覚えようもない。たまたま療治をよくする人も無学なので、肝心の時には仕損じる。総じて人の生まれつきによって、学問はよくても療治が不得手な者もある。そのような人を師範に命じ、学寮を立てて子どもを皆遣わして学問をさせ、大体のことを覚えたときに田舎へ遣わして療治を習わせるようにすれば、皆大抵は御用に立つ程度にはなるだろう。これも上からの仰せ渡しがなくては、自然と御用に立たない者が多くなるであろう。

解説

幕府の医者の家では、親が療治に追われて子に教える暇がなく、二代目以降は役に立たない者が多いと徂徠は指摘する。見よう見まねでは療治は身につかず、腕のよい人も無学ゆえに肝心の時に失敗する。そこで、学問は得意だが療治の不得手な人を師範にして学寮を立て、子どもたちに基礎を学ばせ、そのうえで田舎へ遣って実地に療治を習わせよと提案する。座学と臨床実習を段階的に組む、今日の専門職養成にも通じる設計である。教える役と実践する役を分けて活かす発想も示唆に富む。

この章句が説くこと

医者学寮育成師範専門職政談

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