弁道 / 第三則
道者統名也。擧禮樂刑政凡先王所建者。合而命之也。非離禮樂刑政別有所謂道者也。如曰賢者識其大者。不賢者識其小者。莫不有文武之道焉。又如武城絃歌。孔子有牛刀誚。而子游引君子小人學道。可見已。孔安國註。道謂禮樂也。古時言語漢儒猶不失其傳哉。
新字:道者統名也。挙礼楽刑政凡先王所建者。合而命之也。非離礼楽刑政別有所謂道者也。如曰賢者識其大者。不賢者識其小者。莫不有文武之道焉。又如武城絃歌。孔子有牛刀誚。而子游引君子小人学道。可見已。孔安国註。道謂礼楽也。古時言語漢儒猶不失其伝哉。
書き下し
道とは統名なり。礼楽刑政凡そ先王の建つる所の者を挙げて、合はせて之に命くるなり。礼楽刑政を離れて別に所謂道なる者有るに非ざるなり。曰ふが如し、「賢者は其の大なる者を識り、不賢者は其の小なる者を識る。文武の道有らざること莫し」と。又た武城の絃歌の如き、孔子に牛刀の誚り有り、而して子游君子小人の道を学ぶを引く。見るべきのみ。孔安国の註に、「道は礼楽を謂ふなり」と。古時の言語、漢儒猶ほ其の伝を失はざるかな。
現代語訳
道とは総称である。礼楽刑政など、およそ先王が打ち立てたものをすべてひっくるめて名づけたものである。礼楽刑政を離れて別に道というものがあるわけではない。たとえば(『論語』に)「賢者はその大きなところを覚え、賢くない者はその小さなところを覚えている。どこにも文王・武王の道がないことはない」とある。また武城で琴を伴う歌が聞こえたとき、孔子が「鶏を割くのに牛刀を使うのか」とからかい、子游が「君子が道を学べば人を愛し、小人が道を学べば使いやすくなる」という教えを引いて答えた話でも、それは明らかである。孔安国の注には「道とは礼楽をいう」とある。古代の言葉の意味を、漢代の儒者はまだ失わずに伝えていたのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
-
『講孟余話』盡心下 第三十八章但だ三代以上は道天子に在り、故に道を伝ふると云ふも、大氐礼楽制度なり。礼楽制度は道の文に顕るる者なり。故に堯・舜・禹の如く聖々相承くる者は、別に礼楽制度を論ずるを待たず、唯だ精一の訓あるのみ。殷周易代の際に当りては、前王の礼楽制度に因りて其の道を伝ふるのみにて、別に精一等の口授をすべき様なし。然れども道已に其の中に充ちて其の外に顕るるなり。周衰へて孔孟起り、君相の位なければ、礼楽制度を以て道を伝ふること能はず、徒に仁義道徳を誦して伝ふる迄なり。孟子死後其の伝を得ずとは雖も、荀卿・揚雄・王通・韓愈、宋の周・程・張・朱の如き、皆伝ふる所なしと云ふべからず。其の他漢の司馬遷・劉向、唐の柳宗元、宋の欧陽脩の如き、皆肩を比して相下らず。然れども後世事愈々繁く、論愈々密に、道愈々分るるの弊を免れず。向に周の亡びて秦の天子たるや、悉く三代の礼楽制度を除去し、刑法律令を以て天下を制す。秦自ら滅絶して以来、漢の高祖・光武、唐の太宗、宋の芸祖、明の太祖の如き、千古の英雄一世の聖賢と雖も、其の刑法律令は大氐秦の故に因る。又頗る周の礼楽制度を交へて是れを文飾す。然れども刑法律令は自ら刑法律令、礼楽制度は自ら礼楽制度にて、道の其の中に充実し、外に発越するを見ず。是に於て仁義道徳、已に儒者の私有となり、人君徒に刑法律令礼楽制度の虚名を擁するのみとはなれり。然れども人君儒者、真に憂ひを茲に担ひて其の分裂を傷む者は、明君通儒となることを得、然らざる者は、庸君迂儒たるのみ。
-
『徂徠先生答問書』卷中一前書に申進候通、道を御存知なく候故、深遠の思慮無御座、只指当り候鼻の先にて物を御直し候半と思召候。人は活物にて候。夫故に国家を治候も、人を教訓いたし候も、又は我心我身を治め候も、木にて人形など割見候ごとくにはならぬ物に候。医者の病を治し候も同事に候。見えわたりたる上にて、咳を止め瀉を止め、熱をもさまし、食をも進め、積塊をも退候半と存候は下手の仕事に候。道を存候医者は左様には無御座候。故に聖人の道を大道術と申候。国家を治候も、直に善悪邪正を正し、見えわたりたる上にてさつぱりと仕候事にては無御座候。俗人の思ひかけぬ所より仕かけを致し候て、覚えず知らず自然と直り候様に仕事に候。人才を養候も同事に候。世に詐術と申物御座候を嫌ひ候より、術の沙汰消失候て、宋儒の説のごとくに成行申事に御座候。兎角に後世の諸説を御用不被成、六経論語の間を御熟読被成候はゞ、自然と御会得可被成候。以上。
-
『徂徠先生答問書』卷上一再三被仰聞候趣致承知候。如何様にも只今迄の御学問邪魔に成候て御了簡も付不申と存候。前書申進候趣は、数百年来の儒者の誤候処にて御座候得ば、容易には御得心も出来申間敷候間。今一往根元の処より具に可申述候。堯舜禹湯文武を古の聖人と申候。皆古の人君にて御座候。道と申候は、天下国家を平治可被成候為に、聖人の建立被成候道にて候。是を天地自然の道と見申候事は、元老荘の説より起り申候事にて、儒書には無之事に候。尤聖人の広大甚深なる智慧にて、人情物理にさかはぬ様に御立候へば、無理なる事は毫髪も無之候へども、聖人出給はぬ以前より、天地に自然と備はり有之候道理にて今日の人も我心に立帰り求め候へば、をのづから見え申候事と説候は誤りにて候。
-
『徂徠先生答問書』卷下士大夫たる人も、君を輔て国天下を治むる手伝をする人なれば、聖人の道を知らずして、尸録の譏免れがたく候故道をば学び候。只我身ひとつを仏にも聖人にもなすといふ様なる物ずき成事にては無之と可被思召候。其上聖人に成得れば国天下はをのづから治まるといはゞ、君を輔相せんに其君を聖人に成得んと思ふ内に、年も老日も暮れて、国天下は何れの日にか平治すべく候や。宋儒有体而無用といへる譏も、其学術の誤より出たる事にて、遁るゝに所なく候。能く御思慮可被成候。畢竟国天下を治候仕様を道といふと申候事を嫌ひ候心根は、礼楽刑政を粗迹と見て、道は一段精微なる物と思ふ所病根に候。道は精粗もなく本末もなく、一以貫之候。然るに精を貴んで粗を賤んずるは仏老の緒余に候。此所大切の分れめに候。
-
『徂徠先生答問書』卷中撿見と申事世上に有之候より、斗筲の人ならで代官はならぬ事に被成候。貢賦の法は、常免を至極に仕候。三代の法、夏は貢法、殷は助法、周は徹法に候。徹法は貢助の外に無之候。助法は公田私田を分ち候故後世に難用候。貢法は常免の事に候。大禹の御定めにて候故、是に踰候良法無之候。聖人はよく人情に通達し、古今の情弊を洞見被成候て御立候事に候。世上に撿見と申事御座候よりして、吏の種々の奸曲は生じ候事に候。定免に仕候へば、賄賂の道断候て、奸曲を防がずしてをのづから無之候。日本の古も、異国は秦漢より元明までも、皆定免に候。撿見を以て見取に致し候よりして、国の財用は吏の嚢橐に入候と可被思召候。其上定免に致し候へば、入に定額御座候て、定額を以て国用を制候故却て簡便に候。とりかを定免に致し候へば、誰にても代官は勤まる事に候。代官を鄙職に定め候故、其家にてしかと致したる士をば申付がたく、是よりして果は卿大夫皆民間の情にうとく、木偶人のごとくに成行申候。皆戦国の余習をうけて苟且の制度と可被思召候。以上。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る