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政談 / 國の締り一篇の發端の事

總して國の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を靜むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を靜むることは叶はざるなり、當時火災の事上の御世話にて塗屋土藏造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる證據なり、其外の御政務には、此譯を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、

新字:総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、

書き下し

総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、

現代語訳

そもそも国を治めるというのは、たとえば碁盤に目を引くようなものである。目を引いていない盤では、どれほどの名人でも碁は打てない。洪水を鎮めるには川筋をつけるのである。川筋をつけなければ、禹王(洪水を治めた古代の聖王)がもう一度生まれてきても、水を鎮めることはできない。近ごろ火災については、お上のお世話で家々が塗屋・土蔵造りになったので、火事が自然と少なくなった。これがはっきりした証拠である。ところがそれ以外のご政務については、この道理を申し立てる人がいないのだろうか。そこで和漢の古い法を考え、私の考えを以下に記す。

解説

政談全体の序にあたる段で、徂徠は統治を「碁盤の目を盛る」ことにたとえる。目のない盤では名人も碁を打てない。つまり人の才智より先に、人が動く枠組み=制度を引くことが政治の本務だという。禹王の治水、塗屋・土蔵造りで火事が減った実例を挙げ、仕組みを変えれば結果が変わることを示す。個人の心がけを説く朱子学的な治め方とは逆の発想であり、以下の具体策はすべてこの比喩の展開である。組織でも、優秀な人を集める前に、役割と流れの線を引けているかを問うべきだろう。

この章句が説くこと

制度治め仕組み古法政治政談

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