政談 / 諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事
此風醫者に移りてその容亦甚たし、當時の貴人大名などを見れば、何の病もなきに不斷ねり藥丸藥など藥をのみ、甚しきは不斷に煎藥をのむ、平人も丸藥散藥を樣々所持して居て少し頭痛し、或は胸つかゆれば、其の儘丸藥散藥をのむ、小兒の何の病もなきに灸をすへ疳のたすけを持藥に飮する、女中などは不斷に針を立てさする樣なることは皆癖に成て藥飮まずともよきに飮みたくなり、灸もすへたくなり、針も立てたくなることなり、下手醫者は輕き藥にて害にならすと云へとも、藥は皆偏氣なるもの故、輕き藥にても積れて皆害となり、重き藥のあたりたれは、あたりの知るゝ故、その儘やむることなれは害少なし、輕き藥は中りの知れぬ故、是れ皆害となること却て甚し、癖になりて藥を飮めは常に藥になるゝ故、害なしと思ふこと皆迷ひなり、
新字:此風医者に移りてその容亦甚たし、当時の貴人大名などを見れば、何の病もなきに不断ねり薬丸薬など薬をのみ、甚しきは不断に煎薬をのむ、平人も丸薬散薬を様々所持して居て少し頭痛し、或は胸つかゆれば、其の儘丸薬散薬をのむ、小児の何の病もなきに灸をすへ疳のたすけを持薬に飲する、女中などは不断に針を立てさする様なることは皆癖に成て薬飲まずともよきに飲みたくなり、灸もすへたくなり、針も立てたくなることなり、下手医者は軽き薬にて害にならすと云へとも、薬は皆偏気なるもの故、軽き薬にても積れて皆害となり、重き薬のあたりたれは、あたりの知るゝ故、その儘やむることなれは害少なし、軽き薬は中りの知れぬ故、是れ皆害となること却て甚し、癖になりて薬を飲めは常に薬になるゝ故、害なしと思ふこと皆迷ひなり、
書き下し
此風医者に移りてその容亦甚たし、当時の貴人大名などを見れば、何の病もなきに不断ねり薬丸薬など薬をのみ、甚しきは不断に煎薬をのむ、平人も丸薬散薬を様々所持して居て少し頭痛し、或は胸つかゆれば、其の儘丸薬散薬をのむ、小児の何の病もなきに灸をすへ疳のたすけを持薬に飲する、女中などは不断に針を立てさする様なることは皆癖に成て薬飲まずともよきに飲みたくなり、灸もすへたくなり、針も立てたくなることなり、下手医者は軽き薬にて害にならすと云へとも、薬は皆偏気なるもの故、軽き薬にても積れて皆害となり、重き薬のあたりたれは、あたりの知るゝ故、その儘やむることなれは害少なし、軽き薬は中りの知れぬ故、是れ皆害となること却て甚し、癖になりて薬を飲めは常に薬になるゝ故、害なしと思ふこと皆迷ひなり、
現代語訳
この風は医者にも移り、その様子はさらにひどい。今の貴人や大名などを見ると、何の病もないのに、いつも練り薬や丸薬などを飲み、ひどい者は常に煎じ薬を飲む。普通の人も丸薬や散薬をいろいろ持っていて、少し頭が痛かったり胸がつかえたりすると、すぐに丸薬や散薬を飲む。何の病もない子どもに灸をすえ、疳の虫の予防として常備薬を飲ませる。奥女中などがいつも鍼を打たせるようなことは、皆癖になって、薬を飲まなくてもよいのに飲みたくなり、灸もすえたくなり、鍼も打ちたくなるのである。下手な医者は軽い薬なら害にならないと言うが、薬は皆どこかに偏った性質を持つものなので、軽い薬でも積もれば皆害となる。重い薬が当たって不調が出れば、当たったことがわかるのですぐにやめるから、かえって害は少ない。軽い薬は当たりがわからないので、皆害となり、そのほうがかえってひどい。癖になって薬を飲めば、いつも薬に慣れてしまうので害がないと思うのは、皆迷いである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事是皆人々御用多きことを好む故、医者も毎日御薬を上げ、御用の絶えぬを喜ぶ心あり、上たる人に勧めて世の風を斯くの如く仕なしたるなり、今の世の人の生れ弱く、大名ほど弱きは斯の如くなる風俗にて医者の仕なしたることなり、医者も平生に箇様にして、肝心のときは逃ぐるを第一とす、皆何もかも役儀を身に踏込まぬ事に成りたり、
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『政談』醫者の事医者の子供夥しくありて、二代目よりは大形御用に立ぬ費なるものなり、親々は療治に隙なければ子供を教へ立つべきやうなし、小身なれば学問にあり付するには供人入るにこまる、彼是として、無学になる、人其の真似は療治を仕習ふへきやうなし、たまゝゝ療治をよくする人も無学なる故、肝心の時は仕損ふなり、惣して人の生れつき学問はよけれとも療治の不得手成るもあり、左様の人を師範に被仰付、学寮を立てゝ子供を何れも遣はして学問をさせ、大体事をも覚えたるとき田舎へ遣はし療治を仕習はするやうにあらは、何れも大抵御用に立つ程には有へきなり、是をも上の仰せ渡しなくては自から御用にたゝぬもの多くなるべき也、
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『政談』誓詞の事唯若き御主人なとの虚病の疑ひ甚しきを、時の執政其の疑ひを晴さんために誓文を立てさせたるか、今の世には例となりたるなるへし、されども当分埓を明けたるまての仕方にて、誓文には虚実は知れぬことなれは詮もなきことなる上に、跡の残りを見れは偽りを教へ神明をなきものと思はすることになりて、甚宜しからさることなり、其の支配頭組子の治めを職分の第一とすることならは、誓文状を出さすとも自から虚病は少しは仕方あるへきなり、
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『政談』諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事惣して役人は隙になくて叶はざることなり、殊に上に立つ大役の人ほど隙なくては成るまじきことなり、御老中若老中などは御政務の全体へ亘る大役なれば、世界の全体を忘れては役儀に抜けたる所生すべし、閑暇にして工夫をもし、又折り〳〵は、学問をもすべきことなり、当時は大役ほど毎日登城して閑暇無きを自慢にし、御用済みても退出をもせず、相役多きは毎日出仕せずとも替り〳〵出仕しても御用はたるべきを、何れも鼻を揃へて出仕し、御用なくても御用あり顔に仕なすこと代の風俗なり、皆是面々の職分にはまらぬ故御用を弁ずるやうにし、御奉公の真実さへあらば、他見の詮議入らざる物なり、斯の如き風俗なる故御老中などさへ詮もなき有司のすることを、自身世話やきて御用多けにしなすことあるまじきこと也、箇様なることを古の書には大体を知らすと云ひて大に誹りたることなり、
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事当時小身ものに御代官を仰付けられ其身は在江戸にて手代を遣はす故種々の奸曲あり、又田舎へ遣はされても小身なる故公事のさいきよもならす、小身にて武備も之なき故盗賊を静むることもならす、又右の組の内より御役仰付られ候人は妻子引き連れ常江戸なるへし、御役挙らは元の如く知行所へ参り組へ入るへし、医者も田舎の居住宜しきことなり、江戸にて療治を仕習ひては上手になるへきやうなし、仔細は第一渡世に物入る所にて、渡世に逐はるゝ故療治をむざと沢山に仕て念入らす、貴門権門へ出て入りし、衣服を飾り諸事に虚飾多し、医者多き所なれは薬少しあたれは早医者を換ゆるによりて換へられましきとして薬をあたらぬやうに合はする故骨を折る療治を仕覚えす、唯々よき時分に断りを云ひ、受取渡しを上手にして評判を受けぬやうにと心掛くる故病の始終を見届くること無し、是によりて江戸に名医の出つることは決してあるましきなり、諸芸皆斯の如し、就中武士と云ふものは元来土の上の業をするものなる故、田舎の住居にあらざれは武芸廃るゝことなり、今の世の人百姓より外は武士も商人も古々と云ふものを持たす、雲の根を離れたるやうなる境界哀なる次第なり、
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『政談』諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事執政の面々さへ斯の如くなる故、自余の役人は皆此の風と今はなりたり、余りのことに当時は御奉公の筋にてもなく、傍輩中へ自分の見舞にありくを勤めと名を付けて云ふやうに成りたり、某し田舎より出たる砌り聞きなれぬ時は、腹の皮痛くをかしくてこらへかねたり、是皆忙しげに出ありくを肝心のことに覚ゆる故、斯の如き言葉も風俗に連れて出来たり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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