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政談 / 學問の事

昌平坂高倉屋敷は塲所惡しきなり、唯々儒者を江戶中所々に配り置き、人々勝手次第に參る樣に有りたきことなり、然れは敎ゆる人も學ぶ人も勝手よきなり、學問は公儀の勤めとば違ひて畢竟內證のことなれは、勝手よくならねはならぬことなり、新太郞少將は備前一國の身上にてさへ學校を三ケ所に立させたるなり、是れ遠方へ通ひては學ふものゝ不勝手なる故なり、當時急度學校と云ことにてなくとも、儒者共の宅に上より稽古所を御立下され、屋敷をも廣く被下弟子とも多くて書寫の御用をも勤むべきほどならは、弟子ともに御扶持にても是を下され當時與力などに仰付らるゝ御寫物御用を右の者へ仰付られば、學者の取り扱ふこと故文字も正しく被合も宜かるへし、

新字:昌平坂高倉屋敷は塲所悪しきなり、唯々儒者を江戸中所々に配り置き、人々勝手次第に参る様に有りたきことなり、然れは教ゆる人も学ぶ人も勝手よきなり、学問は公儀の勤めとば違ひて畢竟内証のことなれは、勝手よくならねはならぬことなり、新太郎少将は備前一国の身上にてさへ学校を三ケ所に立させたるなり、是れ遠方へ通ひては学ふものゝ不勝手なる故なり、当時急度学校と云ことにてなくとも、儒者共の宅に上より稽古所を御立下され、屋敷をも広く被下弟子とも多くて書写の御用をも勤むべきほどならは、弟子ともに御扶持にても是を下され当時与力などに仰付らるゝ御写物御用を右の者へ仰付られば、学者の取り扱ふこと故文字も正しく被合も宜かるへし、

書き下し

昌平坂高倉屋敷は塲所悪しきなり、唯々儒者を江戸中所々に配り置き、人々勝手次第に参る様に有りたきことなり、然れは教ゆる人も学ぶ人も勝手よきなり、学問は公儀の勤めとば違ひて畢竟内証のことなれは、勝手よくならねはならぬことなり、新太郎少将は備前一国の身上にてさへ学校を三ケ所に立させたるなり、是れ遠方へ通ひては学ふものゝ不勝手なる故なり、当時急度学校と云ことにてなくとも、儒者共の宅に上より稽古所を御立下され、屋敷をも広く被下弟子とも多くて書写の御用をも勤むべきほどならは、弟子ともに御扶持にても是を下され当時与力などに仰付らるゝ御写物御用を右の者へ仰付られば、学者の取り扱ふこと故文字も正しく被合も宜かるへし、

現代語訳

昌平坂・高倉屋敷は場所が悪い。ただ儒者を江戸中のあちこちに配置しておき、人々が都合しだいに通えるようにしたいものである。そうすれば教える人も学ぶ人も都合がよい。学問は公儀の勤めとは違って、結局は私的なことであるから、都合がよくなければ(続か)ないものである。新太郎少将(池田光政)は備前一国の身代でさえ学校を三か所に立てさせた。これは遠方へ通っては学ぶ者が不便だからである。今、きちんとした学校というものでなくても、儒者たちの宅に上から稽古所をお立て下され、屋敷も広く下され、弟子たちも多くいて書写の御用をも勤められるほどであれば、弟子たちに扶持でもお下しになり、今は与力などに仰せ付けられている御写し物の御用を右の者たちに仰せ付けられれば、学者が取り扱うのだから文字も正しく、校合もよいであろう。

解説

学問は公の勤めと違って私的な営みだから、通いやすくなければ続かないと徂徠はいう。そこで一か所の講釈所ではなく、儒者を江戸中に配置して最寄りに通えるようにせよと説き、池田光政が備前一国に学校を三か所立てた例を引く。さらに儒者の宅に稽古所を設け、弟子に幕府の書写の仕事を任せて扶持を与えれば、文書の質も上がると提案する。学びの場への近さと、学びながら実務で生計を立てる仕組みは、現代の分散型の研修拠点や、働きながら学ぶ制度の設計にもそのまま通じる。

この章句が説くこと

学問学校稽古所儒者育成政談

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