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政談 / 學問の事

偖御旗本の學問あるをば、其の向寄の儒者ともより若年寄御番頭へ申さすへし、尤も學問なき人の贔負にて有と云やうなることも有べけれとも、兎角藝の事は其の藝者の方より申し立つるを證據にせざれば知るへきやうなきことなり、偖學問ある人を撰みて御役人に仰付らるゝやうにもあらば、學問ははやるべきことなり、されども學問なく上も知行高と、家筋にて御役人にはなることと人々覺え居ることなる故氣のつまることはせね道理なり、古は學問なければ公邊の勤めもならぬやうに德を立て置きたる故、自から武家も學問を仕たると見えたり、源賴義大江匡房と書翰徃來のこと本朝文粹に之あり、賴義奧州退治の時上表せられたることなどあり、又義家丹波の椽の時新田開發の下し文を先年見たり、共に仲々かたき文章なり、當時は學問なくても御奉公の差支はなきこと故、氣のつまることをせぬ筈のこと也、

新字:偖御旗本の学問あるをば、其の向寄の儒者ともより若年寄御番頭へ申さすへし、尤も学問なき人の贔負にて有と云やうなることも有べけれとも、兎角芸の事は其の芸者の方より申し立つるを証拠にせざれば知るへきやうなきことなり、偖学問ある人を撰みて御役人に仰付らるゝやうにもあらば、学問ははやるべきことなり、されども学問なく上も知行高と、家筋にて御役人にはなることと人々覚え居ることなる故気のつまることはせね道理なり、古は学問なければ公辺の勤めもならぬやうに徳を立て置きたる故、自から武家も学問を仕たると見えたり、源頼義大江匡房と書翰往来のこと本朝文粋に之あり、頼義奥州退治の時上表せられたることなどあり、又義家丹波の椽の時新田開発の下し文を先年見たり、共に仲々かたき文章なり、当時は学問なくても御奉公の差支はなきこと故、気のつまることをせぬ筈のこと也、

書き下し

偖御旗本の学問あるをば、其の向寄の儒者ともより若年寄御番頭へ申さすへし、尤も学問なき人の贔負にて有と云やうなることも有べけれとも、兎角芸の事は其の芸者の方より申し立つるを証拠にせざれば知るへきやうなきことなり、偖学問ある人を撰みて御役人に仰付らるゝやうにもあらば、学問ははやるべきことなり、されども学問なく上も知行高と、家筋にて御役人にはなることと人々覚え居ることなる故気のつまることはせね道理なり、古は学問なければ公辺の勤めもならぬやうに徳を立て置きたる故、自から武家も学問を仕たると見えたり、源頼義大江匡房と書翰往来のこと本朝文粋に之あり、頼義奥州退治の時上表せられたることなどあり、又義家丹波の椽の時新田開発の下し文を先年見たり、共に仲々かたき文章なり、当時は学問なくても御奉公の差支はなきこと故、気のつまることをせぬ筈のこと也、

現代語訳

さて、御旗本で学問のある者を、その最寄りの儒者たちから若年寄・御番頭へ申し上げさせるべきである。もっとも、学問のない人をひいきして(学問が)あるというようなこともあるだろうが、とにかく芸のことはその芸の者の方から申し立てるのを証拠にしなければ、知りようのないことである。さて学問のある人を選んで御役人に仰せ付けられるようにでもなれば、学問は流行るだろう。しかし学問がなくても、知行高と家筋で御役人にはなれると人々は思っているので、気の詰まることはしないのが道理である。古は学問がなければ公の勤めもできないように仕組みを立てておいたので、おのずから武家も学問をしたと見える。源頼義と大江匡房の書翰の往来のことが『本朝文粋』にある。頼義が奥州征討の時に上表されたことなどもある。また義家が丹波の掾であった時の新田開発の下し文を先年見た。いずれもなかなか難しい文章である。今は学問がなくても御奉公に差し支えはないのだから、気の詰まることをしないはずである。

解説

学問のある旗本を儒者に推挙させ、学問ある者を役人に登用すれば学問は流行ると徂徠はいう。芸の良し悪しは、その道の者の目でしか測れないからである。逆に、学問がなくても家柄と知行高で役に就けるなら、誰も苦労して学ばない。古の武家が難しい文章を書けたのは、学問なしには公務が務まらない仕組みがあったからだと、源頼義や義家の文書を例に引く。現代でも、学びが評価や昇進に結びつかなければ人は学ばない。専門家による推薦と、登用基準への組み込みが鍵である。

この章句が説くこと

学問登用推挙人材評価政談

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