政談 / 吉利支丹書籍の事
吉利支丹宗門の書籍を見る人なき故、其敎如何なることを知る人なし、儒道佛道神道までも惡しく說きたらば、吉利支丹に學はすなるへきも計りかたし、之に依りて吉利支丹の書籍御藏に之有るは儒者ともに見せ置きて、邪宗の吟味させたきこと也、
新字:吉利支丹宗門の書籍を見る人なき故、其教如何なることを知る人なし、儒道仏道神道までも悪しく説きたらば、吉利支丹に学はすなるへきも計りかたし、之に依りて吉利支丹の書籍御蔵に之有るは儒者ともに見せ置きて、邪宗の吟味させたきこと也、
書き下し
吉利支丹宗門の書籍を見る人なき故、其教如何なることを知る人なし、儒道仏道神道までも悪しく説きたらば、吉利支丹に学はすなるへきも計りかたし、之に依りて吉利支丹の書籍御蔵に之有るは儒者ともに見せ置きて、邪宗の吟味させたきこと也、
現代語訳
キリシタン宗門の書籍を見る人がいないので、その教えがどのようなものかを知る人がいない。(そのため)儒道・仏道・神道までも誤って説いたならば、(知らぬ間に)キリシタンに学んだことになってしまうかもしれない。そこで御蔵にあるキリシタンの書籍は儒者たちに見せておいて、邪宗の吟味をさせたいものである。
解説
禁じられた教えの書物を誰も読まないので、その中身を知る者がいない。そのため儒・仏・神の教えを説く者が、知らずにキリシタンの説に近づいてしまう恐れがあると徂徠はいう。だからこそ御蔵の書物を儒者に読ませ、見分けられる人を育てよと提案するのである。禁じることと知らないことは別であり、見分ける力は知ることからしか生まれない。現代の組織でも、不正や情報漏えいを防ぐには、その手口を熟知した専門家が要る。危ういものほど、扱う資格のある人に学ばせることが肝要である。
この章句が説くこと
禁書儒者吟味専門家学問政談
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