導師導古典を学びたいすべての人に

政談 / 吉利支丹類族の事

吉利支丹今は日本國中にあるまじきことなり、今に類族を吟味すること詮もなきことなり、御旗本に列するともからには親類の詮議なし、大友宗麟竹中筑後守子孫など、是君子の澤も小人の澤も五世にしては絕ゆることなれは、最初殺したる者より五代立ちたらは平人に同しかるべし、

新字:吉利支丹今は日本国中にあるまじきことなり、今に類族を吟味すること詮もなきことなり、御旗本に列するともからには親類の詮議なし、大友宗麟竹中筑後守子孫など、是君子の沢も小人の沢も五世にしては絶ゆることなれは、最初殺したる者より五代立ちたらは平人に同しかるべし、

書き下し

吉利支丹今は日本国中にあるまじきことなり、今に類族を吟味すること詮もなきことなり、御旗本に列するともからには親類の詮議なし、大友宗麟竹中筑後守子孫など、是君子の沢も小人の沢も五世にしては絶ゆることなれは、最初殺したる者より五代立ちたらは平人に同しかるべし、

現代語訳

キリシタンは今は日本国中にいないはずである。今になって類族(キリシタンの親族・子孫)を吟味するのは無意味なことである。御旗本に列する者たちには親類の詮議はない。大友宗麟や竹中筑後守の子孫などがそうである。「君子の沢も小人の沢も五世にして絶ゆ」(『孟子』)ということだから、最初に処刑した者から五代経ったならば、平人と同じとすべきである。

解説

キリシタンの親族や子孫を代々監視する類族改めの制度を、徂徠は無意味だと断じる。旗本に列する家にはすでに詮議がないという不均衡も指摘し、『孟子』の「君子の沢も小人の沢も五世にして斬ゆ」を引いて、五代を経たなら平人と同じにせよと説く。目的を果たした監視の仕組みが、惰性で続いていることへの批判である。現代の組織でも、一度の不祥事を受けて導入したチェックが何年も残り、手間だけを生んでいることがある。制度にはあらかじめ見直しの期限を設けておきたい。

この章句が説くこと

類族詮議制度見直し孟子政談

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る