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政談 / 妾を隱し物とする事

只今大名の家に上ろう御方と云ふものあり、是古の媵なるへし、中頃より本妻の嫉妬の心にかたうとして夫の召使ふ者のやうには今はせぬなるへし、備前の松平伊豫守か奧方の風儀宜しとて某か妻の母語る、若き時分其家に仕へて能く知りたり、妻なり子を持ちたる女も矢張奧方へ仕へて外の女中並にて何のかはりめなし、唯〻切米の少し善きと奉公の樂なるまでのことなり、伊豫守か奧方賢良の婦人にて、左樣のものと見れは特に懇にせられたり、奧方にての遊ひは管絃歌樂手習なとまでなり、三味線筑紫琴なとは大名のせぬことなりとて堅く之無しとなり、是は新太郞少將聖人の道を深く信して、家內を能く治めたる餘風殘りて斯の如し、されとも禮と云ふものを立てされは唯〻主人のもの好きと云ふことなる故其風破れたりと承る、されは妻妾のことも禮制を立てたきこと也、

新字:只今大名の家に上ろう御方と云ふものあり、是古の媵なるへし、中頃より本妻の嫉妬の心にかたうとして夫の召使ふ者のやうには今はせぬなるへし、備前の松平伊予守か奥方の風儀宜しとて某か妻の母語る、若き時分其家に仕へて能く知りたり、妻なり子を持ちたる女も矢張奥方へ仕へて外の女中並にて何のかはりめなし、唯〻切米の少し善きと奉公の楽なるまでのことなり、伊予守か奥方賢良の婦人にて、左様のものと見れは特に懇にせられたり、奥方にての遊ひは管絃歌楽手習なとまでなり、三味線筑紫琴なとは大名のせぬことなりとて堅く之無しとなり、是は新太郎少将聖人の道を深く信して、家内を能く治めたる余風残りて斯の如し、されとも礼と云ふものを立てされは唯〻主人のもの好きと云ふことなる故其風破れたりと承る、されは妻妾のことも礼制を立てたきこと也、

書き下し

只今大名の家に上ろう御方と云ふものあり、是古の媵なるへし、中頃より本妻の嫉妬の心にかたうとして夫の召使ふ者のやうには今はせぬなるへし、備前の松平伊予守か奥方の風儀宜しとて某か妻の母語る、若き時分其家に仕へて能く知りたり、妻なり子を持ちたる女も矢張奥方へ仕へて外の女中並にて何のかはりめなし、唯〻切米の少し善きと奉公の楽なるまでのことなり、伊予守か奥方賢良の婦人にて、左様のものと見れは特に懇にせられたり、奥方にての遊ひは管絃歌楽手習なとまでなり、三味線筑紫琴なとは大名のせぬことなりとて堅く之無しとなり、是は新太郎少将聖人の道を深く信して、家内を能く治めたる余風残りて斯の如し、されとも礼と云ふものを立てされは唯〻主人のもの好きと云ふことなる故其風破れたりと承る、されは妻妾のことも礼制を立てたきこと也、

現代語訳

今、大名の家に「上臈御方」というものがある。これは古の媵であろう。中ごろから、本妻の嫉妬の心に気を遣って、夫が召し使う者のようには今はしないのだろう。備前の松平伊予守の奥方の風儀がよかったと、私の妻の母が語った。若いころその家に仕えてよく知っていたのである。妾で子を持った女も、やはり奥方へ仕えて、他の女中並みで何の違いもない。ただ切米(給米)が少しよいのと、奉公が楽なだけのことである。伊予守の奥方は賢く善良な婦人で、そのような者と見れば特に懇ろにされた。奥方での遊びは管絃・歌・楽・手習いなどまでである。三味線や筑紫琴などは大名のしないことだとして、堅くなかったという。これは新太郎少将(池田光政)が聖人の道を深く信じて、家内をよく治めた余風が残ってこのようであった。けれども礼というものを立てなかったので、ただ主人の物好きということになり、その風も破れたと聞いている。であるから、妻妾のことも礼制を立てたいものである。

解説

岡山藩主池田家では、子を産んだ妾も他の女中と同じく奥方に仕え、待遇の差はわずかだったという。徂徠はこれを、儒学を篤く信じた名君池田光政の感化が残ったものと評価しつつ、礼として制度化しなかったために、結局は「主人の物好き」とされて崩れたと指摘する。名君一代の徳で保たれた良い文化も、仕組みにしなければ代替わりで失われる。属人的な経営から制度による経営へ移る必要を説く、現代の事業承継にも響く一節である。

この章句が説くこと

礼制名君承継文化池田光政制度

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