学問のすゝめ / 四編・学者の職分を論ず・無形の気風
ついに上下の間隔絶しておのおの一種無形の気風をなせり。その気風とはいわゆるスピリットなるものにて、にわかにこれを動かすべからず。近日に至り政府の外形は大いに改まりたれども、その専制抑圧の気風は今なお存せり。人民もやや権利を得るに似たれども、その卑屈不信の気風は依然として旧に異ならず。この気風は無形無体にして、にわかに一個の人につき一場の事を見て名状すべきものにあらざれども、その実の力ははなはだ強くして、世間全体の事跡に顕わるるを見れば、明らかにその虚にあらざるを知るべし。
書き下し
ついに上下の間隔絶して、おのおの一種無形の気風をなせり。その気風とは、いわゆるスピリットなるものにて、にわかにこれを動かすべからず。近日に至り政府の外形は大いに改まりたれども、その専制抑圧の気風は今なお存せり。人民もやや権利を得るに似たれども、その卑屈不信の気風は依然として旧に異ならず。この気風は無形無体にして、にわかに一個の人につき一場の事を見て名状すべきものにあらざれども、その実の力ははなはだ強くして、世間全体の事跡に顕わるるを見れば、明らかにその虚にあらざるを知るべし。
現代語訳
ついに上下の間が断絶して、それぞれ一種の形のない気風をなしました。その気風とは、いわゆるスピリットというもので、急に動かすことはできません。近ごろになって政府の外形は大いに改まりましたが、その専制と抑圧の気風は今もなお残っています。人民もやや権利を得たように見えますが、その卑屈で不信な気風は依然として昔と変わりません。この気風は形も体もなく、急に一人の人について一つの場面を見て言い表せるものではありませんが、その実際の力は非常に強く、世間全体の出来事に現れるのを見れば、それが虚ではないことがはっきり分かります。
解説
気風という概念が導入されます。形がなく、一人の一場面では捉えられないが、社会全体の出来事には確かに現れる。制度は変えられても気風は残る、という指摘で、明治の改革が形だけだった理由を説明しています。今日でいう組織文化にあたる概念で、それが強い実在の力を持つと見抜いた点が重要です。次の段で、その力が具体的にどう現れるかが示されます。
この章句が説くこと
気風文化無形残存実在
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