茶の本 / 第一章 人情の碗・あの男は茶気がない
日本が長い間世界から孤立していたのは、自省をする一助となって茶道の発達に非常に好都合であった。われらの住居、習慣、衣食、陶漆器、絵画等――文学でさえも――すべてその影響をこうむっている。いやしくも日本の文化を研究せんとする者は、この影響の存在を無視することはできない。茶道の影響は貴人の優雅な閨房にも、下賤の者の住み家にも行き渡ってきた。わが田夫は花を生けることを知り、わが野人も山水を愛でるに至った。俗に「あの男は茶気がない」という。もし人が、わが身の上におこるまじめながらの滑稽を知らないならば。また浮世の悲劇にとんじゃくもなく、浮かれ気分で騒ぐ半可通を「あまり茶気があり過ぎる」と言って非難する。
書き下し
日本が長い間世界から孤立していたのは、自省をする一助となって、茶道の発達に非常に好都合であった。われらの住居、習慣、衣食、陶漆器、絵画等――文学でさえも――すべてその影響をこうむっている。いやしくも日本の文化を研究せんとする者は、この影響の存在を無視することはできない。茶道の影響は、貴人の優雅な閨房にも、下賤の者の住み家にも行き渡ってきた。わが田夫は花を生けることを知り、わが野人も山水を愛でるに至った。俗に「あの男は茶気がない」という。もし人が、わが身の上におこるまじめながらの滑稽を知らないならば。また浮世の悲劇にとんじゃくもなく、浮かれ気分で騒ぐ半可通を「あまり茶気があり過ぎる」と言って非難する。
現代語訳
日本が長く世界から孤立していたことは、自らを省みる助けとなって、茶道の発達に非常に都合がよかった。私たちの住居、習慣、衣食、陶器や漆器、絵画、さらには文学までもが、すべてその影響を受けています。かりにも日本の文化を研究しようとする者は、この影響を無視できません。茶道の影響は、身分の高い人の優雅な部屋にも、身分の低い人の住まいにも行き渡ってきました。私たちの国の農夫は花を生けることを知り、山里の人も自然の景色を愛でるようになった。世間では、自分の身に起こる真面目でありながら滑稽なことに気づかない人を、あの男は茶気がない、と言います。また世の悲しみに構わず浮かれ騒ぐ半可通を、茶気がありすぎる、と言って非難します。
解説
この章句が説くこと
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