政談 / 貴賤共に女の所業の事
某まへかた法花經に見ことなる錦のやうなる切れの糸目の無調法なるが付けて有るを人の持ちたるを見、如何なる物と聞くに昔は后に立ち玉ふへき御方は禁裡の御作法にて、此切れを一寸織り出たし玉はされは后に立ち玉ふことならすとなり、是は十三に成り玉ふ后の織り玉ふ切れなり、有難きものなれは御經に付けたりと云へり、日本の古禮も皆異國聖人の禮を本とし斯の如く殊勝なることなり、古は有りしを跡かたなくなりたるなり、
新字:某まへかた法花経に見ことなる錦のやうなる切れの糸目の無調法なるが付けて有るを人の持ちたるを見、如何なる物と聞くに昔は后に立ち玉ふへき御方は禁裡の御作法にて、此切れを一寸織り出たし玉はされは后に立ち玉ふことならすとなり、是は十三に成り玉ふ后の織り玉ふ切れなり、有難きものなれは御経に付けたりと云へり、日本の古礼も皆異国聖人の礼を本とし斯の如く殊勝なることなり、古は有りしを跡かたなくなりたるなり、
書き下し
某まへかた法花経に見ことなる錦のやうなる切れの糸目の無調法なるが付けて有るを人の持ちたるを見、如何なる物と聞くに昔は后に立ち玉ふへき御方は禁裡の御作法にて、此切れを一寸織り出たし玉はされは后に立ち玉ふことならすとなり、是は十三に成り玉ふ后の織り玉ふ切れなり、有難きものなれは御経に付けたりと云へり、日本の古礼も皆異国聖人の礼を本とし斯の如く殊勝なることなり、古は有りしを跡かたなくなりたるなり、
現代語訳
私は以前、法華経に、見事な錦のような布切れで、糸目の不細工なものが付けてあるのを人が持っているのを見て、どういう物かと尋ねたところ、昔は后にお立ちになるはずのお方は、禁裏のお作法で、この布を一寸織り出されなければ后に立つことができなかったという。これは十三歳になられた后が織られた布で、ありがたいものなので御経に付けたのだと言った。日本の古礼もみな異国の聖人の礼を本として、このように殊勝なものである。古にはあったのに、跡形もなくなってしまったのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一善をする事はやすく、善を行ひて、其名聞を求めざる事はかたし。是まことの善なり。人を犯さざる事はやすく、人の我を犯せども、其返報をせざるは難し。一心には古の道を守り行ひ、身の作法は今の世の風俗にそむくべからず。今の世に生れ、古の法にかかはりて、必行はんとするは僻事なり。道に害あり。古法の内、当世にも行はるべき事は行ふべし。当世の時宜にそむくべからず。又当世の風俗に流れて、古の道にそむくは、甚わるし。是道に志なきなり。道は五常五倫を云ふ。法は礼なり、作法を云ふ。
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『翁問答』下卷之末之末儒書にのする所の礼儀作法は、時により所により人によりて、その儘は行はれぬものにて候、儒書にのする所の礼儀作法は大方周の代の制作なり、此礼儀作法をすこしもちがへず、只今日本にて位なきものが取おこなふ事は成がたし、たとひ位有人の取おこなふともすこしづゝ損益せずしてはおこなはれぬ道理なり、伏犠より周の代まで代々の聖人制作したまふ礼儀作法、その時代にはよく相応して中庸の儒法なれ共、代かはり時うつりては大過不及の弊ありて、損益なくてはかなはぬ事なり、しかる故に万世通用の定法はすくなし、前かどにも論ずるごとく、礼儀作法は時により処により人によりてかはるものなれば、一しなの礼法になづむをば、欣真落法とて大にきらふ事なり殷の代には夏の代の礼儀作法をあらため損益し周の代にはまた殷の代の礼儀作法をあらため損益したまふにて得心あるべし、
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『茶の本』第四章 茶室・洋式建築の無分別な模倣茶室はある個人的趣味に適するように建てらるべきだということは、芸術における最も重要な原理を実行することである。芸術が充分に味わわれるためには、その同時代の生活に合っていなければならぬ。それは後世の要求を無視せよというのではなくて、現在をなおいっそう楽しむことを努むべきだというのである。また過去の創作物を無視せよというのではなくて、それをわれらの自覚のなかに同化せよというのである。伝統や型式に屈従することは、建築に個性の表われるのを妨げるものである。現在日本に見るような洋式建築の無分別な模倣を見てはただ涙を注ぐほかはない。われわれは不思議に思う、最も進歩的な西洋諸国の間に、何ゆえに建築がかくも斬新を欠いているのか、かくも古くさい様式の反復に満ちているのかと。
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『墨子』節葬下今、厚葬久喪を執る者の言に曰く、厚葬久喪は不可以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からずと使むと雖も、然れども此れ聖王の道なり、と。子墨子曰く、然らず。昔者、堯、北のかた八狄に教え、道に死し、鞏山の隂に葬らる。衣衾は三領、榖木の棺、葛以て之を緘し、既にして後に哭し、埳を滿たして封無し。已に葬れば、牛馬、之に乗る。舜、西のかた七戎に教え、道に死し、南已の市に葬らる。衣衾は三領、榖木の棺、葛以て之を緘す。已に葬れば、市人、之に乗る。禹、東のかた九夷に教え、道に死し、㑹稽の山に葬らる。衣衾は三領、桐棺は三寸、葛以て之を緘し、之を絞りて合わせず、之を道びきて塪せず、土地の深さは、下は泉に及ぶ毋く、上は臭を通ずる毋し。既に葬れば、餘壤を其の上に收め、壟は參耕の畝の若くして、止まるを取るのみ。若し此の若の三聖王を以て之を觀れば、則ち厚葬久喪は果たして聖王の道に非ず。故に三王なる者は、皆な貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。豈に財用の足らざるを憂えんや。以為えらく此くの如きは葬埋の法なりと。
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『墨子』非儒下儒者曰く、「君子は必ず古を服し古を言い、然る後に仁なり」と。之に應じて曰く、所謂る古なる者は、皆な嘗て新しかりき。而して古人、之を服せば、則ち君子なり。然らば則ち必ず君子に非ざるの法を法とし、君子に非ざるの言を言いて、而る後に仁ならんや。
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論語・子罕篇子曰く、麻冕は礼なり。今や純なるは倹なり。吾は衆に従わん。下に拝するは礼なり。今上に拝するは泰なり。衆に違うと雖も、吾は下に従わん。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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