政談 / 貴賤共に女の所業の事
大名の妻女ほど埓もなきものはなし、女の第一のわざとする縫針もならず、三味線踊を常の慰みとし、大方は夜もすがら寢ねす、晝は四つ九つまて臥すなり、古は天子の后も蠶を仕はしめて、後とは宮女手傳て禁中に蠶を仕たまひ、御自身天子の天を祭り玉ふとき着したまふ、冠の上に付たる紞と云ふ物を織り玉ふこと古禮なり、諸矦の夫人は紘綖を加へて織る、卿の妻は大帶を加へて織る、太夫の妻は祭服を織る、士の妻は夫の祭服朝服迄を織る、庶人は夫の衣服を殘らす織ること聖人の定めなり、是れ奢を制して夫に仕ふる道を敎へ玉ふことなり、
新字:大名の妻女ほど埓もなきものはなし、女の第一のわざとする縫針もならず、三味線踊を常の慰みとし、大方は夜もすがら寝ねす、昼は四つ九つまて臥すなり、古は天子の后も蠶を仕はしめて、後とは宮女手伝て禁中に蠶を仕たまひ、御自身天子の天を祭り玉ふとき着したまふ、冠の上に付たる紞と云ふ物を織り玉ふこと古礼なり、諸矦の夫人は紘綖を加へて織る、卿の妻は大帯を加へて織る、太夫の妻は祭服を織る、士の妻は夫の祭服朝服迄を織る、庶人は夫の衣服を残らす織ること聖人の定めなり、是れ奢を制して夫に仕ふる道を教へ玉ふことなり、
書き下し
大名の妻女ほど埓もなきものはなし、女の第一のわざとする縫針もならず、三味線踊を常の慰みとし、大方は夜もすがら寝ねす、昼は四つ九つまて臥すなり、古は天子の后も蠶を仕はしめて、後とは宮女手伝て禁中に蠶を仕たまひ、御自身天子の天を祭り玉ふとき着したまふ、冠の上に付たる紞と云ふ物を織り玉ふこと古礼なり、諸矦の夫人は紘綖を加へて織る、卿の妻は大帯を加へて織る、太夫の妻は祭服を織る、士の妻は夫の祭服朝服迄を織る、庶人は夫の衣服を残らす織ること聖人の定めなり、是れ奢を制して夫に仕ふる道を教へ玉ふことなり、
現代語訳
大名の妻女ほどだらしないものはない。女の第一の仕事とする縫い針もできず、三味線や踊りを日々の慰みとし、たいていは夜通し寝ず、昼は四つ(午前十時ごろ)や九つ(正午ごろ)まで寝ている。古は天子の后も蚕を飼わせ、のちには宮女が手伝って宮中で蚕を飼い、天子ご自身が天を祭られるときに着ける冠の上に付ける紞(たん)という物を、后が織られたのが古礼である。諸侯の夫人はそれに紘綖(こうえん)を加えて織る。卿の妻は大帯を加えて織る。大夫の妻は祭服を織る。士の妻は夫の祭服・朝服までを織る。庶民は夫の衣服を残らず織るのが聖人の定めである。これは奢りを抑えて、夫に仕える道を教えられたのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
-
論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
-
論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
-
論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
-
論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
-
論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る