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政談 / 大名の身上を分る事

大名の家中の仕置惡しく、又は知行所騷動にて家潰るゝは尤ものことなり、跡目の論にて家中二ツ三ツになるを御潰しあること如何あるへき、惣して四五十萬石百萬石に餘る大名は日本小國には少し過きたるものなり、古の制度と積もり合はするに、三代のとき公侯の國と云ふは今の現米百萬石、伯の國は今の五十萬石、子男の國は今の二十五萬石位にあたる、三代の時分の公侯伯子男の制度皆々小國の日本に之ある、下尾大にして不掉と古語に云へる譬に似たり、幸ひに右のやうのことあらは家を二ツに分けて双方ともに御立てあるへきことなり、他苗へ養子に行くことならぬことになりたらん上に、此の例出來せは末子にても父の愛子ならは、自から身上を二ツに分けたき願ひいくらもあるへきなり、其願ひに從ひて家を分けさせ、至極の金あひ大名の家三十萬石を限りに仕りたきこと也、

新字:大名の家中の仕置悪しく、又は知行所騷動にて家潰るゝは尤ものことなり、跡目の論にて家中二ツ三ツになるを御潰しあること如何あるへき、惣して四五十万石百万石に余る大名は日本小国には少し過きたるものなり、古の制度と積もり合はするに、三代のとき公侯の国と云ふは今の現米百万石、伯の国は今の五十万石、子男の国は今の二十五万石位にあたる、三代の時分の公侯伯子男の制度皆々小国の日本に之ある、下尾大にして不掉と古語に云へる譬に似たり、幸ひに右のやうのことあらは家を二ツに分けて双方ともに御立てあるへきことなり、他苗へ養子に行くことならぬことになりたらん上に、此の例出来せは末子にても父の愛子ならは、自から身上を二ツに分けたき願ひいくらもあるへきなり、其願ひに従ひて家を分けさせ、至極の金あひ大名の家三十万石を限りに仕りたきこと也、

書き下し

大名の家中の仕置悪しく、又は知行所騷動にて家潰るゝは尤ものことなり、跡目の論にて家中二ツ三ツになるを御潰しあること如何あるへき、惣して四五十万石百万石に余る大名は日本小国には少し過きたるものなり、古の制度と積もり合はするに、三代のとき公侯の国と云ふは今の現米百万石、伯の国は今の五十万石、子男の国は今の二十五万石位にあたる、三代の時分の公侯伯子男の制度皆々小国の日本に之ある、下尾大にして不掉と古語に云へる譬に似たり、幸ひに右のやうのことあらは家を二ツに分けて双方ともに御立てあるへきことなり、他苗へ養子に行くことならぬことになりたらん上に、此の例出来せは末子にても父の愛子ならは、自から身上を二ツに分けたき願ひいくらもあるへきなり、其願ひに従ひて家を分けさせ、至極の金あひ大名の家三十万石を限りに仕りたきこと也、

現代語訳

大名の家中の取り締まりが悪かったり、知行所の騒動で家が潰れたりするのはもっともなことである。だが跡目争いで家中が二つ三つに割れたのをお潰しになるのはいかがなものか。総じて四、五十万石、百万石を超える大名は、小国の日本には少し過ぎたものである。古の制度と見積もり合わせてみると、夏・殷・周三代のとき公侯の国というのは今の現米百万石、伯の国は今の五十万石、子・男の国は今の二十五万石くらいに当たる。三代の時分の公侯伯子男の制度が、そっくりこの小国の日本にあるのは、「尾が大きすぎると振れない」と古語に言う譬えに似ている。幸い右のようなことがあれば、家を二つに分けて双方ともお立てになるべきである。他姓へ養子に行くことができないことになった上で、この例ができれば、末子でも父の愛する子であれば、自ら身上を二つに分けたいという願いはいくらもあるだろう。その願いに従って家を分けさせ、大名の家は三十万石を限りにしたいものである。

解説

跡目争いで割れた大名家を潰すのではなく、二つに分けて存続させよと徂徠は提案する。百万石級の大名は小国日本には大きすぎるとし、周代の封建制度と比べながら「尾大にして掉わず」(『春秋左氏伝』に見える語)の危うさを指摘する。分家を願う動機を養子禁止と組み合わせて自然に生み出し、結果として大名を三十万石以下に抑えるという、誘導による制度設計である。現代でも肥大化した組織を分社化で動かしやすくする発想に通じる。

この章句が説くこと

分家封建規模制度大名統治

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