政談 / 惣して願と云ふ事
惣して願ひと云ふこと宜しからさること也、最も願と伺と屆と斷りとは差別あるへきことなり、當時は大かた混雜せり、御奉公の願と云ふこと聞えぬ事なり、是は元來關ケ原御陣より大坂御陣まての間、天下未た全くは御手に入らさる時分、大名其外國々の士又は社家などの大身なるか、弓矢を取りたるたぐひに御奉公を願はせ御味方に志を運はせて仰付けられたるか例と成りて、今は御旗本の小身ものまて願ひにて御番入りすること聞えぬことなり、十七歲より初陣を勤むることなる故、畢竟軍役を以て御番を仰付けらるゝことにて、願ひ願はさるには搆はさること也、十七歲なれとも未た微弱なるか病身なるは、願ひを以て今少し遲く御番入りしたきと云ふことは有るへし、又病身にて御奉公御斷り申し居るものゝ氣色快氣したるか、願を以て勤むるはさも有るへきことなり、又輕き御咎めにより召し仕はれさるともから久しく御奉公申し上けさることを迷惑かりて願ふ筋はあるへし、右の仔細なくんは法を以て上より仰せ付けらるへき筋にて願ひに及はさること也、
新字:惣して願ひと云ふこと宜しからさること也、最も願と伺と届と断りとは差別あるへきことなり、当時は大かた混雑せり、御奉公の願と云ふこと聞えぬ事なり、是は元来関ケ原御陣より大坂御陣まての間、天下未た全くは御手に入らさる時分、大名其外国々の士又は社家などの大身なるか、弓矢を取りたるたぐひに御奉公を願はせ御味方に志を運はせて仰付けられたるか例と成りて、今は御旗本の小身ものまて願ひにて御番入りすること聞えぬことなり、十七歳より初陣を勤むることなる故、畢竟軍役を以て御番を仰付けらるゝことにて、願ひ願はさるには搆はさること也、十七歳なれとも未た微弱なるか病身なるは、願ひを以て今少し遅く御番入りしたきと云ふことは有るへし、又病身にて御奉公御断り申し居るものゝ気色快気したるか、願を以て勤むるはさも有るへきことなり、又軽き御咎めにより召し仕はれさるともから久しく御奉公申し上けさることを迷惑かりて願ふ筋はあるへし、右の仔細なくんは法を以て上より仰せ付けらるへき筋にて願ひに及はさること也、
書き下し
惣して願ひと云ふこと宜しからさること也、最も願と伺と届と断りとは差別あるへきことなり、当時は大かた混雑せり、御奉公の願と云ふこと聞えぬ事なり、是は元来関ケ原御陣より大坂御陣まての間、天下未た全くは御手に入らさる時分、大名其外国々の士又は社家などの大身なるか、弓矢を取りたるたぐひに御奉公を願はせ御味方に志を運はせて仰付けられたるか例と成りて、今は御旗本の小身ものまて願ひにて御番入りすること聞えぬことなり、十七歳より初陣を勤むることなる故、畢竟軍役を以て御番を仰付けらるゝことにて、願ひ願はさるには搆はさること也、十七歳なれとも未た微弱なるか病身なるは、願ひを以て今少し遅く御番入りしたきと云ふことは有るへし、又病身にて御奉公御断り申し居るものゝ気色快気したるか、願を以て勤むるはさも有るへきことなり、又軽き御咎めにより召し仕はれさるともから久しく御奉公申し上けさることを迷惑かりて願ふ筋はあるへし、右の仔細なくんは法を以て上より仰せ付けらるへき筋にて願ひに及はさること也、
現代語訳
総じて願いということはよろしくないことである。そもそも願いと伺いと届けと断りとは区別があるべきである。今はおおかた混同している。奉公の願いというのは筋の通らないことである。これは元来、関ヶ原の御陣から大坂の御陣までの間、天下がまだすっかりは御手に入っていなかったころ、大名そのほか諸国の侍や社家などの大身で弓矢を取ったたぐいに、奉公を願わせて味方に志を寄せさせて仰せ付けられたのが先例となって、今は御旗本の小身の者まで願いによって御番入りするのは筋の通らないことである。十七歳から初陣を勤めるのだから、つまるところ軍役として御番を仰せ付けられるのであって、願うか願わないかには関わらないことである。十七歳でもまだ虚弱であるか病身である者が、願いによってもう少し遅く御番入りしたいということはあるだろう。また病身で奉公をお断りしていた者が快気して、願いによって勤めるのはもっともなことである。また軽いお咎めによって召し使われない者たちが、久しく奉公を申し上げていないことを苦にして願う筋はあるだろう。右の事情がなければ、法によって上から仰せ付けられるべき筋であって、願いには及ばないことである。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・治道・大體を立てざる故なり政に從ふに自ら個の大體有り。大體既に立たば、則ち小節は抵牾すと雖も、當に別に張弛を作して、以て吾が大體の未だ備はらざる所を輔くべし。便ち弦を改め轍を易ふ可からず。譬へば民を待つに恩有るを貴ぶは、此れ大體なり。即ひ頑暴にして化せざる者有らば、之を重刑するも、民を待つの大體は變ぜず。士を待つに禮有るは、此れ大體なり。即ひ淫肆にして檢せざる者有らば、之を嚴治するも、士を待つの大體は變ぜず。彼の始めの寬なるは、既に士民の惡を養ひ、終はりの猛なるは、概ね士民の善に及ぶ。政に非ざるなり、大體を立てざる故なり。
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孫子・九変篇故に将、九変の利に通ずる者は、用兵を知る。将、九変の利に通ぜざれば、地形を知ると雖も、地の利を得ること能わず。兵を治めて九変の術を知らざれば、地利を知ると雖も、人の用を得ること能わず。
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『墨子』尚賢中則ち此れ三聖人なる者、其の言を謹み、其の行を慎み、其の思慮を精しくし、天下の隠事遺利を索めて、以て上は天に事えしを言う。則ち天、其の徳を鄉く。下は之を萬民に施し、萬民、其の利を被り、身を終うるまで已むこと無し。故に先王の言に曰く、「此の道や、大いに之を天下に用うれば則ち窕からず、小さく之を用うれば則ち困しまず、脩めて之を用うれば則ち萬民、其の利を被り、身を終うるまで已むこと無し」と。周頌、之を道いて曰く、「聖人の徳は、天の髙きが若く、地の普きが若く、其の天下に昭かなること有り。地の固きが若く、山の承くるが若く、坼けず崩れず。日の光の若く、月の明の若く、天地と常を同じくす」と。則ち此れ聖人の徳の章明博大、埴固にして以て脩久なるを言うなり。故に聖人の徳は、盖し天地を總ぶる者なり。
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史記 劉敬叔孫通列伝是に於いて叔孫通使ひして魯の諸生三十餘人を徵す。魯に兩生の行くを肯ぜざる有り。曰く、「公の事ふる所の者且に十主ならんとす。皆面諛して以て親貴を得たり。今天下初めて定まり、死者未だ葬られず、傷者未だ起たず。又禮樂を起こさんと欲す。禮樂の由りて起こる所は、德を積むこと百年にして而る後に興すべきなり。吾公の為す所を為すに忍びず。公の為す所は古に合はず。吾行かず。公往け。我を汙すこと無かれ」と。叔孫通笑ひて曰く、「若は真に鄙儒なり。時の變を知らず」と。
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論語・八佾篇王孫賈問う、『其の奥に媚ぶるよりは寧ろ竈に媚ぶと。何の謂いぞ。』子曰く、『然らず。天に罪を獲ば、祷る所無し。』
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