政談 / 惣して願と云ふ事
此の差別大名と旗本と混雜して昔より分れぬやうなり、當時に至りても大名に御役仰付けらるゝにも願には及ふましき事也、御先々前御代に朱子學を御崇敬にて、大學の章句に、これをたに願ひを得せしむると云ふ文のこゝろを御とりあやまりにて、なにもかも願ひと云ふことはやりたるより一入盛になりたるなり、惣して願ひと云ふは定法に少し違ひたるやうなること、又上の思召し忘れなとを願ひにて御氣を付る筋成るへし、婚姻には願ひにて仰付らるゝ事尤の儀なり、あと式は上の思召し次第にて、願ひに及ふましきことなり、御用にても仰せ付けられたるとき、御用に付きて入用のものを受取ることはことはりにて相濟むことなり、願ひには及ふまじきなり、又組へ定まりて下さるへきもの、御役料なとの滯りたるは御役人まてことはりを申し立てゝ相濟むへきことなり、願ひには及ふまじ、又組に並より小身なるものありて勤め難きを頭の申し立てゝ御足米を拜領さするは、定まりたる事にてあらされは願ひなるへきことなり、
新字:此の差別大名と旗本と混雑して昔より分れぬやうなり、当時に至りても大名に御役仰付けらるゝにも願には及ふましき事也、御先々前御代に朱子学を御崇敬にて、大学の章句に、これをたに願ひを得せしむると云ふ文のこゝろを御とりあやまりにて、なにもかも願ひと云ふことはやりたるより一入盛になりたるなり、惣して願ひと云ふは定法に少し違ひたるやうなること、又上の思召し忘れなとを願ひにて御気を付る筋成るへし、婚姻には願ひにて仰付らるゝ事尤の儀なり、あと式は上の思召し次第にて、願ひに及ふましきことなり、御用にても仰せ付けられたるとき、御用に付きて入用のものを受取ることはことはりにて相済むことなり、願ひには及ふまじきなり、又組へ定まりて下さるへきもの、御役料なとの滞りたるは御役人まてことはりを申し立てゝ相済むへきことなり、願ひには及ふまじ、又組に並より小身なるものありて勤め難きを頭の申し立てゝ御足米を拝領さするは、定まりたる事にてあらされは願ひなるへきことなり、
書き下し
此の差別大名と旗本と混雑して昔より分れぬやうなり、当時に至りても大名に御役仰付けらるゝにも願には及ふましき事也、御先々前御代に朱子学を御崇敬にて、大学の章句に、これをたに願ひを得せしむると云ふ文のこゝろを御とりあやまりにて、なにもかも願ひと云ふことはやりたるより一入盛になりたるなり、惣して願ひと云ふは定法に少し違ひたるやうなること、又上の思召し忘れなとを願ひにて御気を付る筋成るへし、婚姻には願ひにて仰付らるゝ事尤の儀なり、あと式は上の思召し次第にて、願ひに及ふましきことなり、御用にても仰せ付けられたるとき、御用に付きて入用のものを受取ることはことはりにて相済むことなり、願ひには及ふまじきなり、又組へ定まりて下さるへきもの、御役料なとの滞りたるは御役人まてことはりを申し立てゝ相済むへきことなり、願ひには及ふまじ、又組に並より小身なるものありて勤め難きを頭の申し立てゝ御足米を拝領さするは、定まりたる事にてあらされは願ひなるへきことなり、
現代語訳
この区別は、大名と旗本とが混同して、昔から分けられていないようである。今に至っても、大名に御役を仰せ付けられるのにも願いには及ばないはずである。先々前代の御代に朱子学を御崇敬になって、『大学章句』の「これをさえ願いを得させる」という文の意味をお取り違えになり、何もかも願いということがはやったことから、ひとしお盛んになったのである。総じて願いというのは、定法に少し違ったようなことや、また上のお考え忘れなどを、願いによってお気づかせ申し上げる筋であるべきである。婚姻は願いによって仰せ付けられるのがもっともである。跡式は上のお考え次第で、願いには及ばないことである。御用を仰せ付けられたとき、御用について入用の物を受け取るのは断り(届け)で済むことである。願いには及ばない。また、組へ決まって下されるべき物や、御役料などの滞ったものは、役人まで断りを申し立てて済むことである。願いには及ばない。また、組に並より小身の者があって勤めにくいのを、頭が申し立てて御足米(加増の米)を拝領させるのは、決まったことではないから、願いであるべきことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』南面第十八人臣、事を言うを易くする者は、資を索むること少なくして、事を以て主を誣う。主、誘われて察せず、因りて之を多とすれば、則ち是れ臣反りて事を以て主を制するなり。是くの如き者は之を誘と謂い、事に誘わるる者は患に困しむ。其の進言は少なく、其の退費は多く、功有りと雖も、其の進言信ぜられず。
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『秘本玉くしげ』上 大切にしすぎる害すべての事を余りに大切に重重敷する時は、只無益の費、無益の扱ひのみ多くして、却て其本意の実をば失ひ、表向計りになり、麁末に取扱ふよりは結句遥に劣る事も多く、又却て手行の甚悪き事多し。譬へば、直に御前へ達してもよき事をも、爰の役人の手を経、かしこの役所へ伺ひ抔、彼此とする故に、無益の人手間かかり、紙筆の費抔のみ有て、却て急ぎの御用の弁じ抔は滞りて、何の益はなし。万の事是に准じて知べし。
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『政談』惣して願と云ふ事惣して願ひと云ふこと宜しからさること也、最も願と伺と届と断りとは差別あるへきことなり、当時は大かた混雑せり、御奉公の願と云ふこと聞えぬ事なり、是は元来関ケ原御陣より大坂御陣まての間、天下未た全くは御手に入らさる時分、大名其外国々の士又は社家などの大身なるか、弓矢を取りたるたぐひに御奉公を願はせ御味方に志を運はせて仰付けられたるか例と成りて、今は御旗本の小身ものまて願ひにて御番入りすること聞えぬことなり、十七歳より初陣を勤むることなる故、畢竟軍役を以て御番を仰付けらるゝことにて、願ひ願はさるには搆はさること也、十七歳なれとも未た微弱なるか病身なるは、願ひを以て今少し遅く御番入りしたきと云ふことは有るへし、又病身にて御奉公御断り申し居るものゝ気色快気したるか、願を以て勤むるはさも有るへきことなり、又軽き御咎めにより召し仕はれさるともから久しく御奉公申し上けさることを迷惑かりて願ふ筋はあるへし、右の仔細なくんは法を以て上より仰せ付けらるへき筋にて願ひに及はさること也、
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『政談』惣して願と云ふ事又伺と云ふは二筋も三筋もあることを、此の内何方にすへきと頭まて伺ふことなり、然るに若き初心ものゝ事に慣れぬか、手前にて決断ならぬを何事も伺はせ付けたるくせ付きて、今は一筋にきわまりたることをも自身の了簡を用ゆることなく、人々阿房に成り行き身を踏み込みて勤めぬ也、又伺ひにも差別あることなり、某か父御先々前御代の御部屋住の節、御薬起に召し出たされたる砌、御薬部屋のことによりて御用人まて伺ふことあり、御用人の柘植平兵衛と云ふ人に伺ひたるとき、平兵衛我等は存せすと答ふ、其の時某か父殊の外にせきて、此の人差図をして後に身の誤りになることを厭ひて差図をせぬは、御用人に似合はぬ卑怯の仕方なりと思ひ、御用人に候故伺ひ候なり、御差図成されさる上は自身の料見は斯の如く仕るへしと云ひすてゝ座を立ちたり、其とき平兵衛御廊下まてかけきたり、そこ元の料見の通りも成るほと然るへし、されとも是々の障りある間同しことなれとも斯の如くすへしと差図せり、夫より某か父と無二になり、御用に立つへきものなりと蔭にても云ひたり、
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『政談』諸大名の困窮を救ふ事又僅のことなれども御先手を大名のかきに頼むことなり、是は何より起ると云ふに、昔は御先手と云者は武役の重役なる故御旗本の内にてもはかねをならす輩多く是になる故、御老中の前にても能くものを云ふ故に是を頼みて内意なとを聞せたることなり、今は御先手は御旗本のはきためと号して御役人の内の役に立たすの成ことなり、昔とは変り仲々もの云ふこともならす、されとも殿中へ自由に出てゝ方々きゝつくろひ、似つこらしきことを云ひきかせてかきをすることなり、かきにたのめは其儘礼をつかはす、火事にも逢ひ吉凶のことあれは合力をする其上に婚礼の節は是非ともに之を頼むことなり、今は専ら御先手の役のやうなり、是に依りて奥方へも出入り心安く仕掛混ものにものをねだり取る、此外坊主御徒御徒目付伊賀のたぐひ何れも頼めは礼をする、一度礼をすれは毎年する、少し遅けれは来りてねだる、箇様なることも例の格と云ふものを引きて格に似あはぬと云てねだることなり、
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『政談』惣して願と云ふ事後に聞けは此の平兵衛人のものを伺ふに、我か了簡を云ひ如何せんときわめて伺へは差図をもしたり、手前の了簡を云はす只如何すへきと黙して伺ふ人をは御用に立つましき人なりとて殊の外に気に入らすとなん、是も御奉公を身に踏み込むことを人々にさすへきために平兵衛斯の如く取扱ひたるなるへし、是は寛文延宝の頃の事なり、此の頃まては箇様の人も世間に有り、されとも其時分より早世間の風とは余ほと違ひて、くだんの平兵衛をは人々阿蘭陀人と異名を付けたるなり、今の世は下たる人の何の了簡もなく上の差図を請へるを、頭も役人も好む故伺にも差別有ることを知らぬ也、
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